読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「ゆめこ縮緬」

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 もねさんから頂いた貴重な皆川コレクションの一冊である。ありがたく読ませていただいた。

 本書には八編の短編が収録されている。

 「文月の使者」

 「影つづれ」

 「桔梗闇」

 「花溶け」

 「玉虫抄」

 「胡蝶塚」

 「青火童女

 「ゆめこ縮緬

 いつものごとく、描かれる世界は琥珀色した幻想の世界だ。ぼくは皆川博子の一連の幻想物を読む時、いつも夢の不条理と原初的な恐怖を味わう。そこには一種の麻薬のような常習性が存在し、何度でもそこに溺れ絡めとられる悦びがある。彼女の描く世界を理解せずとも同じ目で見ていたい。切実にそう願いながら、ぼくはページを繰る。到達できる高みは個人の力量ゆえ、人それぞれだ。ぼくはぼくなりに、彼女と同じ世界を見、体験し、消化していきたいと願う。彼女の歩いたあとの臭跡を辿りながら、ある意味法悦にも似た悦びを感じて追いすがる。これぞ読書の愉楽。もって瞑すべし。

 とまあ、ノロケはこれくらいにして本短編集なのだが、相変わらず唸ってしまうのである。鮮やかで衝撃的な幕開けで強引に渦中に引きずりこみ、有無をいわさぬ展開で一気にラストまで引っぱり、満足のため息と共に終焉をむかえる。全八編クライマックスだといってもいい。その中でも特に印象に残ったのは、仕舞た屋風の煙草屋でのなんとも奇妙なやりとりがいきなり魔界に転変する「文月の使者」。九尾の狐で有名な玉藻前の怪異譚を下敷きにした「影つづれ」。み、みィと鳴く地蔵が不気味な「桔梗闇」の最初の三編だ。皆川博子の描く数あるイメージは美と残酷を対立させることなく巧みに溶けあわせ、喜びと痛みを同時に味わせるという離れ業をいとも軽々とこなしてしまう。なんとも贅沢な短編集だった。