読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ウラジーミル・ナボコフ「ナボコフ・コレクション ルージン・ディフェンス 密偵」

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 ナボコフ・コレクションの二冊目なのであります。これよりまえに『処刑への誘い 戯曲 事件 ワルツの発明』という巻が出ていたが、発表年代順に読むならば、本書が二番目なのである。


 で、「ルージン・ディフェンス」なのだが、これは以前、若島正氏の英訳で「ディフェンス」として河出から刊行されていたのだが、どうもチェスを題材にしているらしいというのを知って、なかなか手が出なかったわけなのだ。ぼくはあまりゲームが得意じゃない。将棋もオセロもてんでダメ。将棋など以前、王将以外すべてとられて負けたなんてことがあったくらいなのだ。だから竹本健治氏のゲーム三部作もなかなか手をつけられないでいるのであります。もともと論理的な思考というものがまったくできない質なので、先の先を読むなんて離れ業まったくできないし、筋道たてて道理を説くなんて話し方も夢のまた夢なのだ。


 そんなぼくだからこそ、チェスを題材にした小説なんて読めるわけないじゃないの!と手前勝手に思い込んでいたのだが、ナボコフ・コレクションはすべて読むと心に決めていたので、とにかく手をつけてみたわけ。そしたら、ああた、これがなんとも素敵な小説で、毎日一章づつ読み進めるのが、とても楽しかった。チェスが題材でもあるし、主人公であるルージンはチェスにであって人生に開眼し、そこに自分の存在価値を求め、チェスという盤上のルールに乗っ取って、物事を理解するに至る。それはあくまでもルージンのルールであって、われわれ凡人には思いもよらない思考過程なのだが、われわれはそのルージンの目を通した世界をナボコフの筆によって疑似体験することになる。いってみれば、本書はルージンという希代のチェスの天才を主人公にした奇人変人小説なのだ。愛すべきルージン。彼のディフェンスは成立したのか?そもそもディフェンスはあったのか?この大いなる喜劇は、悲劇となってからもその様相を一変させない。魔術師ナボコフ見参なのである。


 「密偵」は、これに比べてすごく小品だ。しかし、これもたくらみに満ちた小説で、まさしく『信用できない語り手』の物語となっている。これはねえ一度読んだだけじゃ、味わい尽くしたとは言えない小説なんだよね。なんていってるぼくも一回しか読んでないんだけど。ミステリ的な興趣を盛り込みつつ、まるで夢か現実かという世界が展開される。いやいや描かれているのはいたって現実なんだけどね。そこはナボコフ、ほんとお茶目なんだな。しれっとこういう小説書いちゃうんだもん。ほんと素晴らしい。