読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

スティーヴン・キング「クージョ」

犬がね、人を襲うんですよ。それだけの話なんですよ。それをね、キング御大は500ページ弱も書き綴るんですよ。真似できないっすよね。誰がそれだけの題材で小説書こうなんて思う?思わないよ、絶対。

 でもね、これが読んでみると無茶苦茶面白いんだ。このころのキングは、もう精力絶大ってな感じで、これでもかって書き込みをして、単純な骨組みの話にとんでもない情報を盛り込んでくるから素晴らしい。登場人物たちのバックボーンが綿密だから、もうみんながそこにいる人たちになってしまって、読んでいるこちらの心をガシッともっていってしまうから始末が悪い。

 誰も、本を読んでいてそんな気持ちになりたくなんかないっての!恐怖を全面に押しだして描いているにも関わらず、本書を読んでいろんな可哀そうを心にとどめてしまうのは、いったいどういうことだ?

 まず、狂犬病に犯されて人間を襲うようになったセントバーナード犬のクージョが可哀そう。とても温厚な犬で心のやさしい子なのに、たまたま遊んでいてコウモリに噛まれてしまって殺人犬になってしまうのである。で、もっと可哀そうなのがドナとタッドの母子。炎天下の車の中に閉じ込められ、殺人犬がいるがために外に出られないという究極のジレンマをあじわうことになる。

 ここらへんの苦しさもキングの真骨頂。まあ、ジワジワ、ジリジリ、ゾワゾワとあの手この手でいたぶってくれます。ホント、読んでいて息苦しいもんね。

 で、最後の最後におとずれる大いなる負のカタルシス。ああ、こんな忌まわしいことがあっていいものだろうか。ああ、神よ。あなたのしもべでいて良いのでしょうか。なぜなら、こんな究極の残酷な出来事をわれわれに受けさすあなたは、本当に神なのでしょうか?

 敬虔なクリスチャンなら、きっとそういう不埒な思いを抱くはず。クリスチャンでないぼくでさえ、そう思っちゃったんだから、きっとそうだ。

 というわけで、この本、もう書店にも並んでないし、kindleにもないし、読もうと思っても古本か図書館しかないんだけど、ぜひともみなさんに読んでいただきたい。ぼくは、そう強くおもうのであります。

 

クージョ (新潮文庫)

クージョ (新潮文庫)