読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

チャールズ・ウィルフォード「拾った女」

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 そんなに読み込んでいるわけでもないから、あんまりエラそうなことは書けないが、ぼくはこの人のマイアミ・ポリスのシリーズを二冊読んでいて、てっきりあの世界観がこの人の持ち味だと思っていた。ま、あのシリーズにしても「マイアミ・ブルース」は別物でぼくが心底気に入ったのはホウク・モウズリー部長刑事にピントが当たった「マイアミ・ポリス」だったんだけどね。以降このシリーズは「マイアミ・ポリス あぶない部長刑事」、「マイアミ・ポリス 部長刑事奮闘す」と二冊出ているが、それは未読。このシリーズはぼくが初めてであったモジュラー型警察小説だったから、思い入れもあるのだ。しかし、その後に読んだ「危険なやつら」はなかなか変則的な作品で、ほう、この人こんなのも書くのかと驚いたが、どちらかといえばその変に感じた方がこの人の主流みたい。だからぼくは久々に出たこの本をすごく楽しみにしていたのだ。だが、はっきりいって本書の読み始めは、期待してたテンションが下がってゆく感じだった。

 本書のはじまりはこんな感じ。――――サンフランシスコの場末のカフェにかなりきこしめした小柄の美しいヘレンという女がやってくる。そこで働くハリーは一目で彼女に好意をもつが、これは係わるとロクなことがないはずだとも思う。しかし彼は金を持ってないという彼女のかわりに金を払ってやり、どこで失くしたかわからないというハンドバッグを一緒に探しにゆく。しかし失せ物は見つからず、一旦は別れた二人だが翌日再会。こうして二人の転落が始まってゆく。

 とにかく、この二人がアル中で、浴びるように酒を飲んでいるのが不安でしょうがない。食事よりまず酒。朝起きたら酒、店に入れば酒、それもジンやウィスキーの強い酒ばかり。読者は彼らが泥濘にはまり込んでゆくのに延々付き合わされる。解説で杉江松恋氏が中盤あたりから本書は犯罪小説あるいはノワールのような展開になってくるといっているが、決してそんなことはない。どちらかというと本書はミステリーではない小説に分類される結構で進んでゆく。

 だが、ラスト本書が終わる寸前で、いきなり世界が変わる。いままで読んできた本書の色調が一転する。そして、さまざまな事が別の意味合いをもって再認識される。そうか!そうだったのか!だからあの時あんな事になったのか。だからあの時あの人はあんな態度をとったのか。その事実がわかってすべてのピースがピタッとあてはまる。ここで一気に本書はミステリー色が高まる。なるほどウィルフォードさん、仕掛けてくれましたね。だからこの人は侮れないんだな。いやあ、これが小説の強みってやつだね。