読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「辺境図書館」

イメージ 1

 編愛する皆川博子が耽読した数々の本。もうそれだけでご飯三杯いけちゃいます。残念ながらこの中で、読んだ本は一冊もなかった。積んでいる本はドノソ「夜のみだらな鳥」、クッツェー「夷敵を待ちながら」、エリクソン「黒い時計の旅」、ヤーン「十三の無気味な物語」、マッカラーズ「心は孤独な狩人」の五冊。。本書を読んでさらに追加したくなったのはヴォロディーヌ「無力な天使たち」、シェーアバルトセルバンテス」、ジュースキント「ゾマーさんのこと」、佐藤亜紀「吸血鬼」、ミュッセ「ロレンザッチョ」、間宮緑「塔の中の女」の六冊。

 本にまみれ、本に溺れてきた皆川博子の言葉の奔流。大好きな本について語り尽くす数ページの宴。おそらく辺境図書館は、青白い月明りに照らされた夜の砂漠にしか存在しない。いや、もしくは荘厳な宮殿の一角に設けられた螺旋構造の窮屈な施設。いや、はたまた森の奥に広がる白い鹿が集う大きな湖の畔にぽつねんと建てられた密かな建物。選ばれた者しか入ること許されない至高の図書館。そういった事を想像しながらぼくは本書に溺れた。

 特別な言葉が綴られているわけでなく、そこには愛する本に対する真摯な気持ちが素直に自然に語られているだけなのだ。しかし、それが心に響く。飾らない、誇張しない、まるで息を吸って吐くがごとくに展開される物語の世界。そして、そこに挟まれる彼女自身の思い出とファースト・インプレッションの感動。うまく言えないが本を開く喜び、物語に埋没する喜び、新しい世界を知る喜び、言葉に翻弄される喜び、そういった紙で作られた本から受け取れる数々の喜びが行間からあふれているように思うのである。はっきりいって、ここに紹介されている多くの本たちは文字通り「辺境の文学」だ。マイノリティであり、孤高であり、おそらく人を選び、異端でさえあるだろう。ぼくは、そこに鼻の奥がツンとなるようなせつなさと涙が出るような渇望をおぼえるのである。

 本書のラストには書下ろし短編「水族図書館」が収録されている。こちらも皆川博子の真骨頂ともいえる幻想味あふれる淡い泡沫と鋭い刀の切っ先をあわせ持った小品で、辺境図書館に所蔵されているであろう幾多の本のフレーズが一つの事柄を多くの言葉で表現していて感動する。例えば月に対してシュオップは『虚空に浮かぶ黄色い仮面のように』といい、佐藤春夫は『白銀の頭蓋骨だ』と表し、中井英夫は『煮とろけたレモンのような』と書き、カルヴィーノにいたっては『天空に膨張したあの瘤』なんて表現をするのである。いやはや、物を書く人々のなんと豊かな感性よ。

 最後に本書は是非とも購入して、手元においてもらいたいと思うのである。それほどに本書は、本好きにとって愛して止まぬ、美しい造本なのであります。