読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

「皆川博子コレクション2 夏至祭の果て」

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 ようやく時代が皆川博子に追いついた、というわけでありがたくもこういう企画が実現してしまうんだから、世の中捨てたもんじゃないよね。
 いまでは第Ⅱ期シリーズが刊行されているが、こちらは比較的入手が簡単な本がセレクトされているみたいで、実際ぼくも「鶴屋南北冥府巡」も「二人阿国」も「秘め絵燈籠」も「化蝶記」も持っているのでいまのところ購入する予定はない。
 だが、第Ⅰ期のラインナップを見たときには、興奮した。あの「冬の雅歌」や「夏至祭の果て」が現実に読めるようになるなんて、思いもしないではないか。しかも、各巻に文庫未収録の短篇も収録されているなんて、まるで夢のようだ、と舞い上がった。
 で、本書なのである。第Ⅰ期の二巻目にあたる本書には長編「夏至祭の果て」と時代物短篇が9篇収録されている。

 

 「夏至祭の果て」は、かつて吉川英治が明治物と並んで時代小説の鬼門だと断じたキリシタン物。時代は1614年。ちょうど大阪冬の陣があった年だ。信長の時代にはあまねく認められていたキリスト教はこの時代では禁教令が敷かれ、弾圧に苦しむ信者たちは想像を絶する茨の道を歩んでいた。主人公である内藤市之助はかつて兄を死においやったキリスト教への、激しい憤りを見極めるため敢えてその只中に身を投じ、苦難の道を歩んでゆく。ぼくは決してキリシタン物が嫌いではない。かつて山田風太郎に淫したとき、その洗礼をしっかりと受けていたからだ。しかし、この皆川博子が描くキリシタン物はあまり感心しなかった。あの皆川博子なのに文章で首を傾げる箇所が何か所かあったし、話の筋もさほど惹かれるものがなかった。この作品が直木賞を受賞できなかったのは妥当な評価だと思う。それでも、皆川ファンにとってはこれを読めたってこと
だけで喜びもひとしおなんだけどね。
 逆に短篇のほうは、もう素晴らしい作品ばかりで「黒猫」などは、もう独壇場。こういう作品はやはり皆川博子しか書けないと思う。なにが凄いといって、このめくるめくような転換の妙はどうだ。ただただ読者はその妙味に驚き、新しい世界を味わっている喜びに浸るのみ。

 

 「冰蝶」という短篇では、以前読んだ「花闇」で知ることになった三代目澤村田之助にまた会えた。おそらくこの短篇が元なんだろうね。久しぶりに会った田之助は、やっぱり強烈だった。
 というわけで、この貴重なコレクション、第Ⅰ期の残り四冊ゆっくりと時間をかけて読んでいきたいと思います。