「かくも無数の悲鳴」 神林長平
「バベルの牢獄」 法月綸太郎
「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」 倉田タカシ
「東京の日記」 恩田陸
「てのひら宇宙譚」 田辺青蛙
「衝突」 曽根圭介
「五色の舟」 津原泰水
「聖痕」 宮部みゆき
「行列-プロセツション」 西崎憲
本書の中で一番期待していたのが宮部みゆき「聖痕」だ。彼女のSFとしては「龍は眠る」や「蒲生邸事件」、「鳩笛草」なんかを読んできたが、この「聖痕」は犯罪を犯した少年Aを描いているということで、それがどうやってSFに結びつくんだろう?と興味津々だったのだ。本アンソロジーの中で最長の150枚という中編サイズのこの作品、確かにラスト20ページで驚愕の展開になる。このテーマを正面切って描いてしまう力量に脱帽だ。こんなこと宮部みゆきしか無理なんじゃないか?凡百の才能では決して成立しない作品だ。
東浩紀「クリュセの魚」は堂々たるSFであり、ボーイ・ミーツ・ガールの青春物の甘酸っぱさと感傷もあわせもっている好編。テラフォーミングされた火星が舞台であり、数々のアイディアがあざとくなく非常に調和した形で物語に溶け込んでいるところも魅力だ。本作は長編として構想された作品の序章にあたる部分だそうで、これはかなり期待できます。
法月綸太郎「バベルの牢獄」は小粒ながら、ラストのトリックが明かされた段階で誰もが再びページをめくり直すことになる驚愕の脱獄小説。これは小説という媒体でしか成立しないという意味で、かなり高度でもあり考えようによっては究極のバカミスになるかも知れない。まあ、読んで驚いて下さい。
本書には字組みの変わった作品が二つあって、一つは倉田タカシの「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」であり、これはページを開いた途端誰もが『なんじゃ、こりゃ!」と叫んでしまうこと必須の怪作であり、正直ぼくは読み通せなかった。こういう作品を楽しむ根気がなくなってしまっているのである。もう一作は恩田陸「東京の日記」。これは外国の女性が東京での滞在日記を綴っているという体裁なのだが、なんとも不穏な雰囲気が横溢してておもしろい。キャタピラー、伝書鳩、戒厳令、テロといったワードがポツポツ出てきて不安をあおる。いいね、こういうの。
津原泰水「五色の舟」は津原版「件(くだん)」の物語。異形を愛す著者ならではの、完熟フリーク小説だ。時代と不幸と熱気と幻想が混濁した退廃と耽美の物語。一読忘れがたい印象を残す。
というわけで本書の中で強烈に印象に残ったのは以上の6編。といって、他の作品がおもしろくないというわけではないので、あしからず。
現在このシリーズは三冊刊行されていて、まだまだ続けて出るようなので、興味のある巻はどんどん読んでいこうと思う。アンソロジーはやはり楽しいなぁ。