踏切の向こう側に立っている男の子と以前に会ったことがあると思った。
どこで会ったのだろう?
知り合いに白人の男の子はいない。なのに、ぼくはあの子を知っている。う~ん、これはいったいどういうことだろう?
やがて、電車が二人の間を遮断した。特急らしく、ずいぶん速い。
ええっと、思い出せ思い出せ。知り合いじゃないのに、どうしてあの子のことを知っているんだ?
年の頃は四、五歳くらいだったな。かわいらしい顔立ちで、とても利発そうな目をしていた。
でも、目に少し怯えたような雰囲気があったんじゃないか?うん、うん、そうだそうだ。彼は怯えた目をしていた。いったい何に怯えていたんだ?
ちょっと待てよ、よく考えろ。いま、何かを思い出しかけてたぞ。何かが引っかかった。でも、すぐに逃げていってしまった。惜しいなあ。なんか思い出せそうだったのに。
うん?おかしいぞ。ぼくはさっきから、あの子と会ったことを前提に思考を進めているが、それは勘違いなんじゃないのか?会ったことがあるんじゃなくて、見たことがあるってだけじゃないのか?
それなら、もしかしたら映画やテレビで見たことがあるってことなのかもしれないじゃないか。
だとすると、映画の線が濃いな。でも、映画で印象に残ってる子どもって誰だ?
う~ん、「ホーム・アローン」のマコーレ・カルキンしか思い浮かばないぞ。違うな。こっち方面じゃないな。あっ!でも、印象的な映画といえば、ほら、あの、なんていったっけ?ベトナム戦争の後遺症が出てくる怖い映画。えーっと、あっ、そうそう「ジェイコブズ・ラダー」だ。あれにも印象的な男の子が出てたぞ。あれ?あの映画に出てたのもマコーレ・カルキンか。う~ん、やっぱり映画じゃないなー。
それにしても、この電車長いな。もう、三分は経っているのにまだ通過してるぞ。いったい何輌編成なんだ?おいおい、これっておかしくないか?こんな長い電車見たことないぞ。男の子のこと考えて気づかなかったけど、こんなに長い電車はないだろ?三分経っても通過してない電車って、いったいどういう駅に止まるんだ?どれだけ長いホームがいるんだ?そんな長いホームのある駅なんてないぞ。っていうか、これ絶対おかしいよ。現実的じゃないよ。こんな電車あるわけないじゃん。
まだ続いてるよ。いいや、もう、気にしないでおこう。それよりあの子のことを思い出そう。
さっき頭をよぎったのは何だったのかな?男の子の怯えた目を見て何かを思い出しかけてたんだったな。
あの感覚を取り戻せ。ああ、だめだ!もう戻ってこないや。
それにしても暑いなあ。暑い上に電車の音がうるさくてイライラしてきたぞ。
うん?また何か思い出しかけたぞ。暑い?イライラ?・・・・・それと怯えた目?
狭い。とっても狭くて暑いんだ。そうそう、この感覚だ。それと、とても怖い。なんだなんだ?
ぼくは、この感覚を全身全霊で味わったことがあるぞ。そう、あの男の子と一緒にだ。あの子とぼくはこの感覚を共有してた。いったいどこでだ?
だんだん思い出してきたぞ。ぼくは、あの子と一緒に狭くて暑くて怖い思いをしたことがあるんだ。怖いよ、ノドが渇いたよ。ママ、ママ、怖いよ。
あああああ!そうか!あの子は、あの子はタッドだ!
そうだ!思い出した!やっと思い出したぞ!あの子は「クージョ」に出てきたタッドなんだ。炎天下の車中に母と二人で閉じ込められ、あの狂った犬の恐怖に怯えてたタッドなんだ。
そうか、あの子はぼくの頭の中で思い描いていたタッドだったんだ。
電車が途切れたぞ。
いままで電車で見えなかったタッドがよく見える。
遮断機が上がった。
ああ、タッド、ぼくに会いにきてくれたのかい?
あ、でも、あの子は物語のラストで死んだんじゃなかったっけ?
だから、いまだにぼくの胸に残り続けてるんじゃなかったっけ?あの理不尽なラストが残酷で残酷で納得いかなくて、いつまでも胸にシコリのように残っていたんじゃなかったっけ?
じゃあ、あの子はどうして、あそこにいるんだろう?
ぼくは、このまま踏切を渡ってあの子に会いにいけばいいんだろうか?
いや、待てよ。あの子さっきと同じ怯えた目をしてるぞ。それに、あの子が見てるのはぼくじゃなくて、ぼくの後ろにいるものなんじゃないのか?