読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ペーター・ビクセル「テーブルはテーブル」

 

テーブルはテーブル

 ナンセンスなのにちゃんと完結している。帰結がしっかりしているから、変なの、で終わらない。収録作は以下のとおり。

 「地球はまるい」

 「テーブルはテーブル」

 「アメリカは存在しない」

 「発明家」

 「記憶マニアの男」

 「ヨードクからよろしく」

 「もう何も知りたくなかった男」
 
 たとえば表題作。あるとき突然特別な日がやってきた老人は「今から何もかも変わるぞ」と考えるのだが、当然何も変わらない。そこで怒りにとらわれた老人は、部屋にあるものの名前をいれかえることを思いつく。

ベッドを絵、テーブルをじゅうたん、椅子を目覚まし、新聞をベッド、鏡を椅子、目覚ましをアルバム、たんすを新聞、じゅうたんをたんす、絵をテーブル、アルバムを鏡というふうに。

 だから、老人は絵に横になって、九時にアルバムが鳴り、新聞から服を出すとそれを着て、壁にかかっている椅子をのぞき込み、じゅうたんに向かって目覚ましに腰を下ろすことになる。やがて、その変換に慣れてしまった老人は世間との繋がりを保てなくなってしまう。ラストは世間の人々が老人のいうことを理解できなくなってしまい老人は一言も口をきかなくなってしまうのである。

 ナンセンスの極み!他の作品も本筋では似たようなもの。シチュエーションが違うだけだ。その中でも「アメリカは存在しない」は、話に躍動感があり、なぜアメリカが存在しないのかというこれまたナンセンスな話が壮大に語られる。これは、なかなかおもしろかった。わたしは、コロンブスを知っているのである。

 カテゴリは児童書なのだが、多分に哲学的でもあり、思索をうながす作用もある。大きい括りでスぺキュレーション的でもあるんじゃないかな。本質を見極める上での凹凸や陥穽、避けて通れない問題、引っかかり、目の前に立ち塞がる大きな壁があるのだということを言外に悟らせるような印象を持った。これは、大人だからわかることではなくて、この感覚は本書を読んだ誰もが自覚せず身につけるものなのかもしれない。こどもであってもね。