読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2012年 年間ベスト発表!【海外編】

 では、続きまして海外編です。今回どうして二回に分けて投稿したのかというと、規定の5000文字

を超えてしまったからなのです。


【海外編 】

■1位■ 「サイダーハウス・ルール(上下)」ジョン・アーヴィング/文春文庫

 久しぶりに読んだアーヴィングなのだが本書は彼の初期作品の中でも群を抜く傑作だと思うのである。
まだ第一次大戦終結して間もない頃のメイン州の片田舎セントクラウズにある孤児院から話は始まる。
ここで育ったみなし子ホーマー・ウェルズが本書の主人公だ。彼がたどる波乱に満ちた人生が愛すべき登
場人物たち、起伏に富んだストーリー、時間と空間を超越する自在な筆運びでもって描かれる。ぼくは本
書を読んでいて久しぶりに読了するのが寂しいと感じた。


■2位■ 「アンデスのリトゥーマ」マリオ・バルガス=リョサ岩波書店

 「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」と同じくして本書もミステリ仕立てで話はすすめられてゆく。
どうして三人の男が消え去ってしまったのか?彼らの身にいったい何が起こったのか?その謎が一本の大
きな筋として本書の屋台骨となっているのだが、リョサはそこにある意味実験的な手法でまったく異なる
恋愛劇をからめてゆく。ジョイスの意識の流れを写実的に置きかえたような手法で、カットバックをこれ
ほど効果的に描いた作品をぼくは知らない。とにかく本書は、ラテンアメリカという豊かな土壌を舞台に
した濃密な物語であり、リョサの小説技法を充分堪能できる意欲作でもある。ほんと、面白いよ。


■3位■ 「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」ジュノ・ディアス/新潮社

 とにかく、読んで面白い小説だった。オタクとドミニカ共和国の恐怖独裁政治。これがどう結びつくのか?ある意味本書もマジックリアリズムなのだろう。オスカーとその家族がたどる恐怖政治の時代。そして随所にまぶされるのがオタク文化の膨大な知識の数々。マーベル・コミックスやDCコミックス「指輪物語」、スティーヴン・キング、「スタートレック」、「AKIRA」そして数々のSF映画やドラマに小説。これが随所に挿入されていて、ある意味ポップな雰囲気を醸し出している。オタク文化とドミニカの暗い歴史。この二つがからまることによって本書は唯一無二の存在となりえている。


■4位■ 「夜毎に石の橋の下で」レオ・ペルッツ国書刊行会

 本書は翻訳本好きや幻想小説好きにはまたとない贅沢な至福の読書を提供してくれる。1600年前後
プラハを舞台に市井の人々や時の皇帝や伝説のユダヤの大富豪などを主人公に十五ものこまかい章割で
物語はすすめられてゆく。一つ一つ読んでいくと、これがそれぞれ独立した短篇の仕様になっていること
がわかってくる。そして読み進めていくにつれて独立していたかにみえたそれぞれの話の中に幾つかのキ
ーワードが浮上してくることに気づくことになる。ルドルフ2世、ユダヤ人の富豪モルデカイ・マイスル
ゴーレム伝説で有名なラビ・レーウそして薔薇とローズマリー。これらが巡り巡って、こちら側、あち
ら側と違った角度から語り起こされ、やがて大きな主軸が現れるのである。


■5位■ 「航路(上下)」コニー・ウィリスソニーマガジンズ

 小説巧者のコニー・ウィリス作品の中でも傑作といわれている本書なのだが、噂に違わずかなりのおも
しろさだった。本書で描かれるのは臨死体験の秘密、いや真実だ。まさかそれが本当の答えだとは思って
いないが、ウィリスはその可能性を極限にまで追い求めて極上のエンターテイメントに仕上げているので
ある。巧者ウィリスはいろんな小説作法を駆使して読者の鼻面をつかんではなさない。たとえば、それは
繰り返されるギャグの楽しさ(どんどん食べ物が出てくるリチャードの白衣のポケットや、いつもどこか
で改築工事をしている病院、話し出すと止まらない被験者、まったく話せない被験者、古今東西の災害の
話を蒐集している心臓病の少女などなど)であり、思い出せそうで思い出せないある事実の探求であった
り、伏線をはりめぐらせたプロットの妙であったりするのだが、本書の一番の読みどころは印象的な登場
人物たちのしっかりした存在感なのだ。ウィリスはSF作家である前に、一級の物語作家であり、彼女の
描くドラマはまったく目が離せない。ほんと素晴らしい。


■6位■ 「ブエノスアイレス食堂」カルロス・バルマセーダ/白水社

 たった二百数ページの薄めの本なのに、長い歴史と数多くの人々と関わったおかげでとても長い物語を
読んだような満足感が得られる。それに加えて食人者のセサル・ロンブローソが作る究極の料理に話が及
ぶにいたって中間に挟まれた普通小説(でもめっぽう面白い)がトーンを変え犯罪小説(ノワール?)に
変転してゆくのである。なんとも奇妙ではないか?いったいどういう結末がまっているのだろうかと興味
津々だったが、なるほどこうきましたか。最後まで期待を裏切らない小説だね本書は。訳の文章に少々頭
をひねるところもあったのだが、本書を読めて本当によかった。まだまだこんな書き方があるんだと思い
知った一冊だった。だから小説を読むのは楽しい。オススメです。


■7位■ 「アフリカの日々」アイザック・ディネーセン/晶文社

 あまりにも有名な自伝であり記録文学である本書は、著者が農園主としてアフリカで過ごした18年間
の出来事を思い出すままに綴ってある。本書の魅力は数多くあるのだが、とにかくアフリカという雄大
限りない可能性を秘めたきかん坊のような場所の魅力が第一にあげられるだろう。著者がこの地で過ごし
た1914年からの18年間は、アフリカが文明をひたすら拒んでいた時代であり、独自の発展を遂げて
きたこの未開の地ではまだ神々の息吹や自然のもつ力強さがじかに肌に感じられたのだ。そこに住む人々
は呪術を信じ、運命には逆らわず独自の見解と常識をもって神と共に日々を過ごしている。そんな土地の
人との交流や、ディネーセンと同じようにアフリカで生計をたてている白人たちとの語らい、そして時に
は猛々しい横顔をみせる野生の動物たちとの出会いが静かな小川のような筆勢で綴られてゆく。文明社会
に生きる人にとってはそのエピソードのひとつひとつがまさに驚きと発見の連続で、それがどれほど不自
由な生活だったとしても一種の憧れをおぼえずにはいられない。


■8位■ 「密猟者たち」トム・フランクリン/東京創元社

 一読して驚いた。まったくもって素晴らしい作品集だった。本書で描かれるのはアメリカ南部の話。そ
れもフランクリンにとって『僕の南部』とこだわるアラバマ州が舞台の話なのだ。フランクリンの描く南
部はインディアンの伝承が息づいている古めかしいフォークナー的な呪縛にとらわれた部分と、大きな工
場に象徴される産業と膨大な廃棄物に囲まれたなんとも不思議な味わいのある世界。これ、ほんと素晴ら
しい作品集ですよ。読んでソンはなし、是非!


■9位■ 「魔術師 (上下)」ジョン・ファウルズ河出文庫
 
 本書は一人のイギリス青年の体験したあまりにも奇妙な出来事を描いている。舞台はギリシャの孤島。
青年ニコラスはある恋愛体験に終止符を打ち、ギリシャで教職を得る。そしてそこで不思議な富豪のコン
ヒスという老人と出会う。週末ごとに老人の別荘に招かれるようになった彼は、そこで人間の実存を問わ
れるある壮大な渦中に巻き込まれるのである。まさしくそれはドラマであり、一幕であり、様々なシーン
なのだ。そこではあらゆることが意味をもちなんでもない仕草や言葉の端々にさえ隠された真実が宿って
いる。何を見ても、何を聞いてもそこには裏の意味があり、時にはそれは嘘であり、時にはそれは誤解で
あり、時にはそれは果てしない推論を導きだす。部屋に飾ってある絵、写真、名前や出来事の意味、象徴
キーワード、そして神話。けっして一筋縄ではいかない迷宮のような小説だが、これも読んでソンはなしなのです。


■10位■ 「罪悪」フェルディナント・フォン・シーラッハ/東京創元社 
 
 シーラッハ短編集の二作目である。今回は前回にもましてコンパクトにまとめてある。あいかわらずこの弁護士さんは素晴らしいテクニックを披露してくれている。事件の成り立ちを逆に辿ることで興味を持
続させたり、短い段落で区切って効果的に話を進めたりと、オーソドックスだが小説として成り立つテク
ニックを多用しているところなどは堂に入ったものだ。感情を排し、ほとんど機械的に進められてゆく簡
潔な文体は作者の技術なのかクセなのかよくわからないが、それが一種のリズムを刻みひとつのブランド
として定着しているところも素晴らしい。はやくこの人の長編が読んでみたい。

 
 以上今年のベスト10でございました。新刊ばかりじゃなくて、もうすでに絶版になっている本もあっ

たりして、もしこれを読んで読みたいなと思ってくれた方がいたとしても、簡単に手に入らない本もあり

ますが、そこはご容赦ください。
 
 では、今年もお付き合いありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。