読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

チョン・セラン「地球でハナだけ」

 

地球でハナだけ (チョン・セランの本 05)

 ありえない設定なんだけど、その設定を組み込んだ上で構築されるストーリーの道行には、作者の人柄、思考が色濃く反映される。当たり前だよね。例えば、森で突然クマにであったら?というテーマで様々な人に物語を考えてもらったとしたら、ある人はリアルなシミュレーションでもってクマと人との死闘を描くかもしれないし、ある人は童話風にフレンドリーでこそばいクマと人との交流を描くかもしれない。またある人はそこに謎解きの要素を加え非現実な出来事が論理的に解明されるミステリを描くかもしれない。さて、ぼくならどうする?う~ん、そうだな、ぼくならクマは逃げてきたクマで人に飼われていたことにする。しかし、そのクマには特殊な能力があって、リス以外の生き物の考えていることがまるっとするっとすべてお見通しになってしまうことにする。一方、そこから20km離れたところにある図書館に住み着いているキジネコにも特殊な能力があって、この世に存在するあらゆる悪に対処する方法を知り尽くしているということにする。もう一匹、その町の地下排水網に棲みついている白いワニは自分の死以外の死を予言することができる…なんて話を考えたりする。

 本書で描かれるのは、あるカップルの道行である。そこにありえない要素として『未知との遭遇』が加わってくる。でも、そこから拡がる世界はスペースワンダーでも、ミラクルファンタジーでもないから、おもしろい。別に予測の斜め上をゆく展開でもないのだが、そこでは人と人の営みがさまざまなアプローチで描かれる。さらにそこにエコロジカルな諸問題もからめ、地球に優しい接し方も考えてしまうようになる。

 でも、一言で済ますならば、ここで描かれるのは一途な愛だ。至上の愛、尊い愛、無償の愛。人を愛してやまないストレートな感情が一直線に描かれる。しかし、そのLOVEビームの的になった人は戸惑うのである。そりゃ戸惑うよな、なんせ相手は〇〇〇なんだもの。それでも愛は打ち克つ。苦難、困難、艱難辛苦あらゆる障害を乗り越え尊い愛は、実を結ぶ。そして、さらにその先にいっちゃうのである。

 本書は、清々しく爽やかに幕を閉じる。ささやかな笑顔と共に。幸せな読書ではないか。