この本は、一般に流通していない。いしいひさいちの自費出版本である。それはさておき、本書はいしいひさいちの漫画なのである。これがああたすんばらしいのですよ。作者によれば『これは、ポルトガルの国民歌謡『ファド』の歌手をめざす女の子がどうでもよからざる能力を見い出されて花開く、というだけの都合のよいお話しです』ということなのだが、ドラマとしてすんごく充実していて忘れがたい印象を残してくれるのだ。
基本、四コマで構成されているのに、その巧みなストーリーテリングと人物造形のうまさに驚く。なんか、すごくハッピーで心に残る映画を観て映画館を出るときのような高揚感があるのですよ。
愛すべきロカ。ファドを歌うために生まれてきた天才なのに、それ以外はすべて人並み以下の彼女。自分のことを『わし』といい。方向感覚も皆無で、天然が天然に発酵したような人智の及ばない彼女。
そして、そんな彼女をサポートする、年上なのに同級生の美乃、玄人はだしのファドの分析をしちゃうキクチ食堂のおばあさん、見守る人たちの一見突き放すようでいて、芯の温かい言動に心が洗われ、熱くなる。
なんて愛おしい。なんてすばらしい。なんて美しい話なんだ。
そしてラスト。瓦解の向こうに雲間から射す一条の明るい陽射し。神々しいまでのシーン。本当に読めてよかった。どうも、ありがとうございました。