とても手堅い印象だ。ここには、江戸の最期の姿が活写されている。描かれる時代が時代だけに、そこには大きく変わる歴史の波に翻弄される人々が描かれる。正義や忠義や道義が悔恨や裏切りや翻心と並列に行われる理不尽な世を大志の元に生き抜いた人々。ゆえに、そこには歯を食いしばり砂を噛むような断腸の念がほとばしる。
第一話「波紋」は人斬り半次郎が主人公。でも、この人、実際に手をくだしたのは本編で描かれる暗殺一件のみらしいけど。しかし、本意でないのに、殺さねばならないって、どういうこと?歴史は変わらないのに、そうなってくれるな!という強い思いで読んだ。そうなっちゃうんだけどね。取り返しのつかないことが歴史を形作っていく。歴史は負の遺産でもある。しかし間違いは過去の出来事になることによって正される。いや、本当にそれが正しいのかは誰にもわからないのだが。
第二話「恭順」で描かれるのは、大きな大きな波に呑み込まれる恐怖。抗えない運命の残酷さ。正しい行いや考えが理不尽にねじ伏せられる怒り。かつての幕臣、小栗忠順とその息子又一は、信念を全うすると共に日ノ本の行く末を見据え、人材育成に情熱を燃やすが、理不尽な嵐は、この親子を呑み込み、突き落とす。
第三話「誓約」で描かれるのは土佐勤王党の盟主武市半平太。彼は、ぼくの中では、歯を食いしばった真っ直ぐな人というイメージだ。ここで描かれる半平太もまったくそのとおり。愛すべき頼れる男だった。直情であるがゆえに自ら死地に飛び込んでゆくばか正直な彼の生きざまは、悲劇なのに清冽な風を運んでくれる。彼らの夫婦愛のうつくしいことよ。
ラスト「碧海」は、土方歳三の最後を描く。この一編のみ、他の作品とは印象を異にして、なんとも爽やかな一編となっている。先の三編が歴史の理不尽さを描いているのに対し、本編は(志し半ばの死を描いているにも関わらず)なんとも清々しい読後感となっている。
以上四編、読み応えのある短編ばかり。幕末を描いているのも好感が持てる。読んで良かった。