読書の愉楽

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ロバート・ウェストール「弟の戦争」

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 戦争文学は数あれど、湾岸戦争をこういう風に正面切って描いた作品は、はじめてでした。本書の主人公の弟フィギスは、少し変わった子で小さい頃から不思議な言動が目立っていました。人の気持ちをおそろしくナイーヴに受けとめ、一種のテレパシーのようなものでその人自身と自分をシンクロさせることができたんです。成長していく過程で様々な事件があるんですが、やがて世界は湾岸戦争へと情勢を傾けていき、それにともなってフィギスの奇異な言動も頂点を極めてしまいます。彼はイラクの少年兵であるラティーフとシンクロしているらしい。最新鋭の兵器を使い、ピンポイントで攻撃できるため被害が最小限ですむ『きれいな戦争』といわれた湾岸戦争。世界的にはイラクは敵、フセインは悪魔といわれた湾岸戦争。しかし、戦争に良いも悪いもないはず。敵視されているイラクの兵士達にも、その死を嘆き悲しむ家族はいる。世界の情勢は一方に傾いていたとしても、人間としての個々の有様は世界共通なのだから、人種、宗教なんかの外面的、思想的理由で憎みあい、殺しあう世界が肯定されてはならない。ウェストールは、この短い物語の中に万言尽くしても伝えきれないような多くのメッセージを込めています。テレビで放映される情報を鵜呑みにして、ほんとうにきれいな戦争が行われていると錯覚してしまう危険。自分の周りでは起こらない事ゆえ、戦争をまるでゲームのように受けとめてしまう危険。群集心理に惑わされ、同じ人間を無条件に敵視してしまう危険。ウェストールは同じ轍を踏まぬよう警鐘を鳴らしています。