読書の愉楽

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ハーラン・エリスン「世界の中心で愛を叫んだけもの」

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 エリスンといえばなかなか型破りな性格で、バクチクのような危険なおっさんというイメージがある。

 事実彼の残した逸話は数多い。あのアシモフに向かって「おまえ、なってねえなぁ」と言ったとかフランク・シナトラと大喧嘩したとか「ターミネーター裁判」を起こしたりとか武勇伝には事欠かない。

 こんなこと言ってはなんだが、思うに彼こそ紙一重を体現している作家だろう。

 そんな彼の唯一の短編集が本書「世界の中心で愛を叫んだけもの」なのである。

 きらめくばかりのイマジネーション。ウルトラバイオレンスといわれる独特の暴力世界。しかし、そこにはバイオレンスという言葉から短絡的にイメージしてしまう雰囲気はない。

 どうか巻頭の表題作を読んで本を閉じるのは思いとどまっていただきたい。これは、いささか難解な作品だ。別の次元の中空に浮かんでいる狂気と暴力を排出する根源的なサンクチュアリが思い描かれる抽象的な作品なのだ。ストーリーらしいストーリーもなく、ただそのイメージだけが先行する非常に扱いにくい作品である。ストーリー重視のぼくは正直いってこの作品は評価しない。いくらヒューゴー賞をとっているといわれても眼中にない。とりあえず読んでみただけという感じの作品だ。

 注目すべきはこれ以降の作品。いまでは目新しくもない題材ばかり扱っているのだが、それでもやはりおもしろい。特に好きなのは「サンタクロース対スパイダー」だ。これは、正義の味方サンタクロースが悪役スパイダーを倒すお話。何がおもしろいといって、既存のヒーロー物のパターンを踏襲してそれを真面目に茶化しているのがいい。これはエリスンの作品に共通していえることなのだが、無駄な描写を排除してストレートに話に没入させるところも好きだ。おれ、退屈なところは飛ばして、おもしろい部分だけ書きたいんだよ!というエリスンの声が聞こえてきそうだ。

 読めば誰もが好きになってしまう「少年と犬」も、ベタだがやはりいい。核戦争後の荒廃した世界。修羅場を生き抜く少年と言葉を話す犬との友情が独特のリリシズムで描かれる。

 何年か前までは手に入りにくい本だったのだが、最近は『あの本』のおかげで再版されているようだ。

 これを機会に、未読の方は是非お読みください。エリスンのイマジネーションは、SFにすれてない人ほど印象深いものになると思う。洗練と紙一重のバイオレンスをご賞味ください。