とうとうこの時がやってまいりました。そうです、年間ベストなのです。今年は上下巻の作品も一冊ず
つカウントして75冊。いやあ、少ないですね。これではいけませんね。昨年は105冊だったから、
大幅に冊数が減ってしまいました。でも、言い訳ではないですが、今年はなかなか濃い本が多かったよ
うにおもいます。だから読後の印象の度合いとしては昨年とは変わらなかったのではないかと感じてお
ります。では早速いってみましょうか。それでは国内編からどうぞ。
【 国内編 】
■1位■ 「悪の教典(上下)」貴志祐介/文藝春秋
昨年は「新世界より」を読んで国内編の第4位に挙げたが、今年は本書で堂々の1位なのである。話
的にはまったく目新しい部分のない本書だが、ここに登場する稀代の殺人鬼、蓮見聖司の非道さはいま
までにない最強のインパクトをあたえてくれた。まして、信頼に値するこの貴志作品共通のとんでもな
いリーダビリティである。もう、これは鉄板なのだ。あまりにも不謹慎な内容に閉口する向きもあるだ
ろうが、小説という媒体の強みを最大限に引き出している本書に敬意を表して、本年の1位を捧げよう
と思う。
■2位■ 「「悪」と戦う」高橋源一郎/河出書房新社
1位、2位と「悪」の字が入ってるのもどうかと思うが、これも仕方のないことなのである。だってそういう配慮を無視しちゃうほど本書も素晴らしい本なのだ。ここで描かれる平易な物語はタイトルのしめすとおり悪と正義の戦い。次々とせまる試練、それに立ち向かうには荒んだ心や、自己欺瞞に陥った精神や、他人を思いやる気持ちを忘れてはいけないのだ。読む人の数だけ解釈が生まれる本というものがあるが、本書がそうだ。未読の方は是非読んでいただきたい。
■3位■ 「ラザロ・ラザロ」図子慧/早川文庫JA
なにより本書を抜群の読み物にしているのは、作者の確かなディテールの描写だ。巧緻ともいえる精
巧でブレのない細やかな配慮が隅々までなされており、それによって強調されるリアリティが読む者を
圧倒する。そして、さらに魅力的なのが多彩な登場人物たち。タイトルから期待するようなオカルト方
面の話にはならないが医療ミステリとして本書は忘れられてはならない本なのである。
■4位■ 「花闇」皆川博子/集英社文庫
今年は新刊も含めて皆川作品を三冊読んだ。一時のフィーバーぶりもおさまって、一人の作家を追い
かけるペースとしては丁度いい感じになってきたのではないだろうか。そんな中で一番印象深かったの
が本書なのである。三代目澤村田之助。壊疽に罹り両足と右の手首、そして左手の小指以外のすべてを
切断しそれでもなお舞台に立ったという異形の女形。この間再放送されていた「JIN-仁-」にもこ
の歌舞伎役者が登場していて驚いたのだが、本書はその天才役者の壮絶な生涯を格調高く描いていて圧
倒された。まさに至芸なのである。
■5位■ 「イキルキス」舞城王太郎/講談社
本書を読んでデビュー当時の舞城節の復活を素直に喜んだ。セックスや暴力や不幸や災いに満ちてい
る物語がどうして希望に満ちているのか?どうして奮起の心を持つことができるのか?本書を読んで確
認して欲しい。青春の光や家族の愛や人を思いやる気持ちが如何に素晴らしいものか、本書を読んで実
感して欲しい。ほんと、舞城くんていいヤツなんだよ。
■6位■ 「狩猟サバイバル」服部文祥/みすず書房
誰もが敢えて選ばない道を切り拓いてゆく著者の姿勢に脱帽した。本書には人間本来の生きる姿が描
かれている。自分で食べるものを自分で捕まえ捌いてゆく、あまりにもシンプルでしかも困難な道を選
ぶ著者の姿は崇高だ。本書を読んだあと佐川光晴「牛を屠る」を読んで、さらにこの本質について考え
ることになった。見えない世界を見るということは大事なことなのだと思う。
■7位■ 「流跡」朝吹真理子/新潮社
新しい才能の出現に出会えた喜び。確かに本書は人を選ぶ本なのかもしれない。あまりにも自由奔放
な筋のない話。語り手が変化してゆく斬新な構成。そしていままで読んだことのない新しい言語感覚。
ここには確かにきらめきがある。本書を読んでワクワクしていただきたい。こんな読書体験ってめった
に得られないことなのだから。
■8位■ 「The S.O.U.P.」川端裕人/角川文庫
あまりにも身近になったネットの世界。便利さの裏にある危険な落とし穴に警鐘を鳴らす本書は、書
かれた時代が10年近く前なのにも関わらずまったく古びていないことに驚く。とっつきにくそうだな
と思ってる方がいるのなら、ここで保証しておこう。本書は一度読みだしたら、決してやめることので
きないオモシロ本なのだ。
■9位■ 「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」万城目学/ちくまプリマー新書
最初、本書を読んでてちょっとまどろっこしいなと感じた。ほんわかムードですすめられる平和な世
界が少し物足りなかったのだ。しかし、それがラストに向って大きくうねりおもいもよらない感動を与
えてくれたのである。う~ん、これにはやられてしまった。うまいね、まったく。
■10位■ 「ばかもの」絲山秋子/新潮文庫
この人の本を読むのは本書が初めてだったのだが、一発で気に入った。もともとぼくはあまり恋愛物
は読まないのだが、本書の激しい恋の道行には完全にノックアウトされてしまった。本書のヒロインで
ある額子の常軌を逸した行動に翻弄されながらもどこか惹かれている自分に気がついた。まったく、こ
れほど落ち続けるカップルをみたのは初めてだ。
【海外編 】
■1位■ 「音もなく少女は」ボストン・テラン/文春文庫
本書はあまりにも心に痛い本なのである。辛くて悲しくて、思わず涙ぐんでしまうほど心に痛い物語
なのだ。最悪の境遇におかれた女たちの誇り高き挑戦の旅路。本書を読んでなんとも思わない人とは仲
良くできない。そう言い切ってしまいたくなるほど心に痛く、熱い物語なのだ。
■2位■ 「天啓を受けた者ども」マルコス・アギニス/作品社
「マラーノの武勲」で圧倒されたアギニス再び。本書は一転して現代劇。それもウィンズロウ「犬の
力」と同じテーマの麻薬クライムノベルだ。本書はそれと同じ題材を扱いながら、そこにカルト集団や
人種差別、さらに七十年代に実際に起こったアルゼンチンの『国家によるテロ行為』で消えてしまった
人々の問題なども盛り込んだ意欲作なのである。読んで震えたまえ。至福の読書を約束しましょう。
■3位■ 「WORLD WAR Z」マックス・ブルックス/文藝春秋
本書が描いているのは、荒唐無稽なゾンビなのである。だが本書はそのゾンビ物の新機軸、インタビ
ュー形式で進められてゆく物語は世界各国あらゆる方面にわたり様々な人々の口を通してアプローチさ
れる。それによって浮上してくるのは世界情勢や国と人種の軋轢、経済の流れや軍事関係。そして、そ
れがまさしく周到なシミュレーションとして構築され、実際あったこととして語られる。まさに圧巻の
一冊だった。
■4位■ 「ベルファストの12人の亡霊」スチュアート・ネヴィル/武田ランダムハウスジャパン
本書も悲惨な物語なのである。IRAの歴戦の戦士である主人公が自分の手で殺めた人々の亡霊に憑
かれていて彼らの請うままに殺しに関わった人々を暗殺してゆくという突拍子もない話。だが、その背
景にはアイルランドが抱えるあまりにも酷い血の歴史があった。「音もなく少女は」と本書を続けて読
むのはかなり堪えた。だが、それゆえにしっかりと心に刻み込まれたのだが。
■5位■ 「暗殺のハムレット ファージングⅡ」ジョー・ウォルトン/創元推理文庫
今年、翻訳物を愛する読書通のあいだでかなり話題になったシリーズがファージングなのである。こ
の英国とドイツのナチスが手を結んだパラレルな世界の趨勢を描く本シリーズは、巻をおうごとに趣向
が変わり読者を飽きさせない作りとなっている。いま丁度三作目を読んでいるのだが、これは間違いな
く古典として残ってゆく作品だと確信した。
■6位■ 「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」大森望編/早川文庫SF
今年、早川のSFマガジン創刊50周年記念アンソロジーとして三冊の本が刊行されたが、本書はその
第二弾なのである。あとの二冊は扱っているテーマがあまりピンとこなかったので読む気がしなかった
が本アンソロジーのテーマは『時間SF』ということで、これは飛びついてしまったというわけ。そし
て期待は裏切られなかった。本書に収録されている13の短編のほとんどがキャッチーな作品で、SF
初心者でも安心して読めるものばかりなのである。
■7位■ 「ブラック・ボーイ(上下)」リチャード・ライト/岩波文庫
いまだに無くなることのない人種差別。それを体感した者のみが伝え得る物語が本書なのである。風
当たりの強い緊張感漂う日々の中で少年は必死に生き、そして文学の道に光明を見出した。彼の行く手
には数々の試練が立ちはだかる。人種が違うというだけで迫害されるという恐怖をこれだけ克明に描い
た作品をぼくは他に知らない。
■8位■ 「幽霊」イーディス・ウォートン/作品社
これぞ正統派ゴースト・ストーリーとよべる丹精な短編集。決してとっつきやすくはないのだが、気
負わず淡々と読んでいくと禍々しい世界が拓けていくのに驚いてしまう。怖いというより、邪まなもの
への畏怖を感じさせる作品群だった。ホラー好きには必読だといえるだろう。
■9位■ 「愛しい骨」キャロル・オコンネル/創元推理文庫
二十年前に失踪した弟の骨を毎夜一つずつ誰かが玄関先に置いてゆくというミステリ好きにはなんともゾクゾクする幕開けの本書は、奇人変人集合小説でもあった。静かに腰を落ち着けじっくりと読むミステリ。性急に読んでは損をするミステリ。それが本書だ。
■10位■ 「ザ・ロード」コーマック・マッカーシー/早川書房
終末を迎えた世界。空は灰色に染まり、世界はひっそりと死に絶えている。そこを旅する父と子の物語。終末という壮大なテーマを一組の親子の道行というミニマムな世界として描くことによって静謐で切実でヒューマンなドラマに仕上げた作品。絶望しかないような未来を描くことによって、その先の希望を絞り出そうとする試みは当を得ている。いつまでも心にイメージが残るような本があるが、まさに本書がそういう本なのである。
以上、今年のベスト10でした。いろいろ意見はあるかと思いますが、こういう評価をする人もいるんだなくらいの目でみてください。それではみなさま今年もどうもありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。
それでは、良いお年を!