読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2013年 年間ベスト発表!【国内編・海外編】

 年々読む本の数が減ってきている。数えてみると現時点で53冊、50作品だった。2009年は100冊を越えていたのにいまではその半数にまで減っている。ほんともっともっと読んでいきたいのだが、なかなかうまくいかないものだ。

 で、今回の年間ベストなのだが、国内と海外それぞれベスト5を選出して合わせ10作として発表したいと思います。だって、読んでる本が少ないからね。では、国内編からどうぞ。


【 国内編 】

■1位■ 「笹まくら」丸谷才一講談社文庫

 こんなに古い作品なのに(1973年刊)、この作品から受けた知的興奮を伴う刺激はここ数年の読書の中でも突出したものだった。何がどう凄いのか?ジェイムズ・ジョイスの洗礼を受けた著者が『意識の流れ』を最大限に活用し、目を瞠るような世界を見せてくれたからなのだ。いままで現在の時点での物語が続いていたのに次の行から唐突に過去へと場面が飛ぶ。それはあまりにも鮮やかな移行で、そこに作者の技巧が加わるから最初は戸惑うが、やがてそれが読む興奮へと変化してゆく。現在から過去へそして過去から現在へ巧みに変化しながら、やがて物語は一人の男の人生を転写と反射によって浮きぼりにしてゆく。まあ読んでみてといいたい。これ、ほんと凄いんだから。


■2位■ 「象られた力」飛浩隆/早川文庫

 SFという特定のジャンルゆえ、万人に受け入れられないのかもしれないが、本当にこの作家は確固たる地盤に建つ堅牢な城塞のような完璧な作品を書く人だと思う。奔放なイメージと硬質でクールな文体。
洗練と腐臭が同時に漂う作品世界の前にもうこうべを垂れることしかできない。この心服を多くの人と分かち合いたいものだ。


■3位■ 「勝手にふるえてろ綿矢りさ文藝春秋

 主人公は26歳のOL江藤良香。彼女はいまの歳まで男性と付き合ったことがなく当然のごとく処女。そんな彼女の日常がどんどん過ぎてゆく。それはもう目まぐるしいくらいに過ぎさってゆく。そんな良香の日常は面白い。それは彼女が日々の中で迷い、痛みを知り、後戻りしながらもなんとか進路を見定めようと不器用にもがいているからなのだ。人間って不器用で、何度も転んで、でもなんとか前を見て進んでいくものなのだ。綿矢りさは、そこんとこを入念に書き込んでくる。人と人の交わりの中で直面する善意や正直な気持ちや悪意、行きつ戻りつする思考の迷路、ためらいや傷つくことへの恐れ、そういったもを的確に、あるいは最適な比喩にのせて描いてゆく。本書を読むたいていの人が、そこに自分の影を見出すに違いない。たとえ完全にシンクロしなくても、言葉の端々や思考の一旦に自分と同じ要素を見つけるはずだ。


■4位■ 「樹影譚」丸谷才一/文春文庫

 また丸谷才一だ。彼の本にはほんと、刺激を受けっぱなしなのだ。本書には三編収録されているのだが圧巻はやはり表題作だ。これは無地の壁に映る樹の影に魅せられる作者の話からはじまる奇妙な作品で、エッセイ風にはじまったものが途中で短編にシフトしてゆく変わった構成をとっている。何が上手いといって、この何でもないようなありふれた題材を(壁に映る樹の影なんて凡庸の一歩手前だ)それが特別な事柄のように扱い、またそれを一級品の題材にまで引き上げ、いったいその話の続きにどんな真相が待っ
ているんだという興味をかきたてる展開がまことに秀逸。そこから紡がれる新たな物語は恐怖の陰影さえまとって、スリリングにミステリアスに大胆に進められてゆく。う~ん、思い出しただけでもゾクゾクしてしまう。


■5位■ 「キミトピア」舞城王太郎/新潮社

 舞城ワールドというのは確かに存在していて、それは言うまでもなくその作家自身が纏っている雰囲気で、たとえば同じ作曲家がつくった曲がそれを聴いただけで誰の手になるものかわかってしまうように、舞城くんの作品はたとえ作者名を伏せられていたとしてもぼくには百発百中で当てる自信があるくらい慣れ親しんでいるのだが、それでもぼくはこの作家が好きで好きでたまらなくて飽きるということがない。
 しかし、この作風は賛否を巻き起こすに充分な要素をもっていて、逆にいえばそれは突き抜けたオリジナリティと位置づけられるのだが、それゆえに彼の作品は気に入った者には堪らない魅力を放つが、受け入れられない者にとっては鼻クソほどにも評価されない。でも、ぼくはそれがいいと思っている。そりゃあ作家本人にしたらもっとメジャーになって東野圭吾宮部みゆきみたいに売れまくったほうがいいのかもしれないが、ぼくは彼のスタンスはそこにないと勝手に願っている。自分の信じる世界を発信し続ける舞城くんでいて欲しいのだ。


【 海外編 】

■1位■ 「HHhH プラハ、1942年」ローラン・ビネ/東京創元社

 ここで語られるのはナチスドイツにあって『金髪の野獣』、『第三帝国で最も危険な男』という異名とともに内外から恐れられていたユダヤ人虐殺の首謀者でもあるラインハルト・ハイドリヒ暗殺の顛末である。ビネはこの歴史的事実を一冊の本にまとめるにあたってさまざまな文献をあたり、数多くの映像化作品を観てあらゆる角度からこの事件の過程を発端からその後の余波まで詳細に偏執的なまでに組み立てていく。そこにはどうしても当事者しか知ることのできない事実や、色や、匂いがありビネはそれを創造で補うことをいっさい認めない。おそらくそうであったであろう事実はできるだけ排除して史実を忠実に正確に描くことに情熱を傾ける。また同時にその書き方についても常に悩み、後戻りし、正直に心情を吐露してゆく。このまったく新しいスタイルの歴史小説は斬新な印象を与えてくれた。作者自身が顔を出す小説はいくつも読んできたが本書のテイストはそれらと一線を画す。この臨場感をどうか味わって欲しい。


■2位■ 「11/22/63(上下)」スティーヴン・キング文藝春秋

 本書は今年の年末ミステリベストで軒並み1位をとった。どれほど読書好きの心を鷲掴みにしたのかがわかろうというものだ。ぼく自身も久しぶりにあの素晴らしい小説に特有の『読み終わるのが嫌だ、でも先が知りたい』ジレンマにとらわれてしまったくらいなのだ。タイトルの数字はケネディ大統領が暗殺された日を示している。ここで描かれるのは過去にタイムトラベルできるようになった男が未来を変えるべくケネディ大統領暗殺を阻止しようと奮闘する物語なのである。キングはそこに過去の郷愁と驚くことにあまりにもベタな恋愛要素をこれでもかと描いてゆく。ゆえに本書のラストシーンは涙腺の弱い方なら落涙必須のキング作品史上他に類をみない美しい幕切れとなっている。未読の方はその長さに臆せず是非手にとっていただきたい。こんなにおもしろい本はそうそうないよ。


■3位■ 「冬のフロスト(上下)」R・D・ウィングフィールド創元推理文庫

 毎度おなじみのフロスト警部なのである。シリーズも本書でもう5作目となるのだが、どれだけ読んでもフロスト警部はおもしろくなる一方なのだ。相変わらず扱われる事件は悲惨で厭なものばかりなのに、この親父にかかってしまうとグイグイと読まされてしまうから不思議だ。大小さまざまな事件が絡み合い、いったいいつ寝てるんだというくらい仕事にお追いまわされているワーカホリックな状況は混乱を通りこしてカオス的。そこへもって強烈な脇役キャラの魅力も相まって素晴らしい相乗効果をあげ、物語は無限のおもしろさを備えるのである。もうこのシリーズも残すところあと一作となってしまった。はやく読みたいけど、読んでしまうのがもったいない気もする。といってもまだ翻訳されてないんだけどね。


■4位■ 「フリーダム」ジョナサン・フランゼン/早川書房

 これほんと高い本なのだ。だって4200円もするんだからね。しかも上下二段組で750ページ超えときたもんだ。すごいボリュームだ。しかし、これも読めばグイグイ引きこまれる。今回もフランゼンは家族を描いている。ここに登場する一つの家族は、世の普通の家族と同じくさまざまな問題を抱えている。だが、それは統計的に上位をいくようなありふれた問題ばかりではなく、独創的ともいえる唯一無二のものもあったりしてそれが大きな波紋を広げてゆく。物語はどんどんと意想外の方向へと進んでゆく。そこには喜びも悲しみもあり、笑いや涙もたんまりある。一冊の本を読んでいるだけなのに、本書を読めばそこにはさまざまな人の営みに起因する深い人生の余韻がこれでもかと詰めこまれているのである。タイトルにある「フリーダム」とは言わずと知れた『自由』のことだ。自由であるがゆえに巻きおこる種々の問題。自由な思考と行動がカオスを生み、それがめぐりめぐって不自由さに拍車をかける。
 フランゼンの筆はそういった自由をめぐる不自由さともいうべきとりとめない問題を家族というミニマムな世界をテーマに、そこからアメリカ全体を俯瞰するかのような大きな時代そのものを切りとって描いてみせて圧巻だ。

 
■5位■ 「フランス組曲」イレーヌ・ネミロフスキー/白水社 
 
 作者であるイレーヌ・ネミロフスキーは、ロシア革命の時にフランスに亡命してきたユダヤ人であり、第二次大戦の頃、疎開先のブルゴーニュ憲兵に連行され、アウシュビッツで生命を落とした。彼女の夫もまたユダヤ人であったため一年後に連行され同じ運命をたどる。残された二人の幼い娘たちは夫婦の知人だった女性に引きとられ逃亡生活を続け生きながらえることになる。
 本書は、ネミロフスキーが連行される前に夫に託した小型のトランクの中に入れてあったノートに書かれていた小説なのである。夫は自分が連行される前にこのトランクを「決して手放してはいけない」と言って娘に託した。娘は長い年月このトランクに入れられたノートを読むことはなかった。それがようやく本となって全世界で出版されることになった。2004年のことである。この物語は完成すると全5章、1000ページにもなる大長編になる予定だった。しかし、作者の死によって中断されたゆえ本書に収録されているのはその前半部分の第1章「六月の嵐」と第2章「ドルチェ」までなのである。
 ここで描かれているのはナチスドイツによるユダヤ人迫害の歴史だ。作者自身が体験したことが色濃く反映されているとおぼしき物語は、読む者の心を捉えてはなさない。贅沢で芳醇な読書の愉楽に浸りたい方は是非とも読んでいただきたい。


 というわけで今年の国内・海外それぞれのベスト5でございました。ここに挙げた本はすべて読書の楽しみを味わわせてくれるものばかり。自信をもってオススメいたします。これを読んで興味をもたれた方は是非お読みください。
 
 では、今年もお付き合いありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。