読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2018年 年間ベスト発表!

 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
 昨年も、ほんと読めませんでした。数えたら、50冊いってなかったもの。ここ何年かこの場で同じこと書いている気がするけど、ほんと読めなくなっております。最近はまた音楽にも興味が出てきて、吉澤嘉代子とかindigo la EndとかKing Gnuなんかにハマって、本読みながら聴いていたらリズムにのってより寝つきがよくなってまたまた本が読めなくなるという・・・・。
 では年間ベストにいってみましょうか。今年も昨年に続いて、国内海外取りまぜてのベストです。




■1位■ 「日本人の恋びと」イザベル・アジェンデ/河出書房新社

 

 ほんとアジェンデ久しぶり。扶桑社文庫から刊行された「ゾロ 伝説の始まり」以来だからほとんど10年ぶりだ。アジェンデは「精霊たちの家」で出会ってからの大ファンで、刊行された本はほとんど読んでいるし、本書も多大な期待を寄せて読んだのだが、これが期待以上のものでほんと驚いた。本書はある女性の生涯を振りかえる話がメインとなっている。しかし、それがオーソドックスな回想になっていないところがうれしいところ。現代を舞台としながら、回想によって歴史の暗部も掘り起こし、それに翻弄される人々を自在に時間を行き来しながら描いてゆくところなど、まさに独壇場。アジェンデ様万歳といったところ。まさに、彼女の紡ぐアラベスクは喜びと悲しみのつづれ織り。老いと愛と恋。世の人たちが等しく体験するこの普遍を享受する喜びを噛み締めた。




■2位■ 「ナボコフ・コレクション マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック」
                       ウラジーミルナボコフ/ 新潮社

 

 この『ナボコフ・コレクション』を書店で見かけたとき、雷に打たれた。まず、その装丁にシビれてしまった。みなさん、実物まだ見てない方、ぜひ書店で本を手にとってみてください。ほんと、撫でまわして愛でたい本なのだ。(現在は、コレクションの三巻目まで刊行されております)内容はというと、まず「マーシェンカ」の構成が憎いのは、その初恋の相手が主人公の回想には登場するけど、なかなか現れないところ。これはじれったくて、良かった。回想中心ゆえに、女性像が美化され、郷愁と相まって美しさが強調されるといった具合。いい作品だ。「キング、クイーン、ジャック」は、ベルリンが舞台で登場人物もすべてドイツ人。ある夫婦のもとに青年が現れ、奇妙な三角関係が生まれてやがて不穏な犯罪計画へと話が流れてゆく。ここでは、はやくもナボコフワールド炸裂で、それはちょっとついていけない比喩表現や、ところどころに登場する含みをもった描写にあらわれている。ぼくも、この歳になってようやくこういう小説を楽しむ余裕が出てきたということなんだろうね。




■3位■ 「13・67」陳浩基/ 文藝春秋

 

 本格ミステリとして素晴らしい。六つの短編が収録されているのだが、その構成が時系列を遡る配置になっているところがミソ。一人の名探偵(あ、警察官です)の人生の終焉から始まり、短編を読み進むごとに、その男が若くなってゆく姿を目の当たりにすると、いやでも人生を共有する喜びを感じてしまう。その上描かれるそれぞれの年代が香港の歴史の上で節目になっていて、その事実に疎いぼくでもおおまかな変遷が感じとれた。それがまた、説明的な文章に感じさせることなく、自然に物語の中に溶け込んでいるのも好感が持てる。描かれる事件もバラエティに富んでおり、それぞれ工夫が凝らしてあり、まことに端正に構築された完璧なロジックのミステリに仕上がっている。秀逸なのは、すべてフェアに手掛かりが提示されていること。また、それが違和感なく、言いかえるなら不自然でなく、あくまでもナチュラルにストーリーに溶け込んでいるところが凄い。基本、スタイルはホームズ物を踏襲していて、読者はすべてお見通しの探偵の振る舞いから、なんとか真相を導きだそうと努力するが、到底辿りつけるわけもなく真相解明にあたって丹念に手掛かりを拾い上げる探偵の手腕に舌を巻くというおなじみのパターンとなっている。ほんと、すごい才能が現れたものだね。




■4位■ 「完璧じゃない、あたしたち」王谷晶/ ポプラ社
 
 本書にはニ十三の短編(掌編?うち一編は戯曲)が収録されている。さまざまなシチュエーションの中で描かれるのは、女同士の物語。女同士?男のぼくが、こんなおっさんがそんな話読んで面白いの?いやあ、これがめっぽう面白かった。なにがいいって、次々と展開するストーリーの次はどんな話なんだろう?っていうドキドキわくわく感と、実際それを読んでいる間の『こうきたか!』っていう満足感が素晴らしいのだ。女同士の話ばかりなのに、ここに収録されている物語たちにふんわりした甘さや、優しさはない。あらゆるジャンルを網羅するかのように繰り出されるお話たちは強固な生々しさと厳しさ、そして鼻薬としての滑稽さをまとい疾走する。そう、『女同士』を芯に据え、時には友情を描き、時には恋愛を描き、また時にはSFの意匠をまとい、時にはファンタジーが顔を出し、そして時にはホラーでビビらせながらも、そこに本来表出しないような本音や、女同士がもたらす可能性がドカンと読み手に伝わってくる。そりゃあ、女性が読めばまた違う感想もっちゃうのかもしれないけど、ぼくはそう感じた。なんか新鮮でウキウキしてしまうのはどうしてだろう?こういうのってあるようでなかったんじゃない?




■5位■ 「ペストの記憶 」ダニエル・デフォー/ 研究社

 

 一六六五年の暮れのことである。ロンドンで二人の男がペストで亡くなった。その後、一年にわたって十万人の命を奪った大ペスト禍のはじまりである。本書を読んで思うのは、その悲惨な現状だ。当時の知識では充分に対応することができず、誤った対応ゆえに死ななくてもよかった人たちがバタバタと疫病に斃れてゆくのが痛々しい。健康な者も、いつ自分の身に起こるのだろうかという恐怖と常に隣り合わせなのである。愛する肉親を亡くして悲しむ間もなく自らが病魔に犯されてゆく。疫病の恐怖は錯乱を呼び、狂気にかられた人が病気をうつしてまわったり、災厄に便乗して犯罪にはしる者がでてきたり、あまりに多い死者の数に埋葬が追いつかず大きな穴を掘ってそこに投げ込むしかなかったり、ロンドンの街は、たちまちパンデミックの凄惨な地獄に陥ることになる。




■6位■ 「沈黙の森」C・J・ボックス/講談社文庫

 

 これシリーズを代表しての一冊ね。とにかくこのシリーズは熱い。主人公は、ジョー・ピケットというワイオミング州の猟区管理官。ちょっと耳慣れないでしょ?これは、狩猟一般に不正がないか山や森の中でハンター達を取り締まる仕事なのだ。ジョーは、この仕事が好きで誇りをもって就いている。美しい妻と、可愛い娘たち、決して裕福ではないけれど彼は自分の信じる生き方を貫いている。このジョーがいい奴なんだ。ちょっと頑固なところがあるけど、だからこそ揺るぎない信念が寄り添っていて頼もしい。決して彼は、ダイ・ハードジョン・マクレーンのようなタフガイでもないし、フィリップ・マーロウみたいな孤高のヒーローでもない。弱さも、迷いもある普通の男として描かれる。だからこそ、最初は様々な逆境に打ちのめされて傷つき心折れそうになっていたのに、愛する家族に危機が迫ると、厳然と立ち上がり修羅となって立ち向かってゆく姿に、自分の気持ちが心よくシンクロして、大いなるカタルシスを味わうのだ。かっこいい!
 



■7位■ 「デュー・ブレーカー」エドウィージ・ダンティカ/ 五月書房新社

 

 ハイチの歴史には詳しくない。何があったかは、良く知らない。そんなぼくでも、本書を読めば自ずとハイチが辿ってきた暗い歴史を知ることになる。タイトルになっている「デュー・ブレーカー」とは拷問執行人のことだ。独裁者デュヴァリエのもとトントン・マクート(秘密警察)が政権に反する者たちを逮捕し、拷問し、殺害した。その数3万人。本書で描かれる九つの短編のほとんどは現代が舞台であり、いわば独裁政権の暗黒時代は過ぎ去った出来事として描かれる。しかし、その傷痕はまだ生々しい。過去は消せない。その事実は決してなくなることはない。しかし、覆い隠すことはできる。その真実がさらけだされる危険は常にあるのだが。そして、そこに葛藤がうまれる。過去に犯した酸鼻な事実。自分は血まみれだ。罪は消えない。生きていく上で、何気ない日常を過ごしていく上で、その暗黒がいつも自分の側にいる。罪は人生に寄りそう。人であるならば、自分の犯した罪を背負って生きていく。妻は夫を、子は父を愛しながらも、滲みでてくる罪の匂いに心乱れる。




■8位■ 「小川」キム・チュイ / 彩流社

 

 著者であるキム・チュイ女史はベトナム戦争の最中ボートピープルとなって後に家族と共にカナダに移民した。10歳の頃のことである。本書は、その著者の自叙伝みたいなものである。一人の女性の生い立ちが、短い章の連なりによって描かれてゆく。それは断片の集積だ。それはリアルな触感を残す。継続しないストーリーは、読んでいる者にまとまった一本の出来事として認識されずに切り取られた記憶の集まりとして、数多い出来事という錯覚にも似た感覚で取り込まれる。だから、こんなに薄い本なのに、豊かな質感と情報量が実感されるのだ。豊かな情感だ。熱い、寒いとかいうはっきりした質感ではなくて匂いや雰囲気のようなイメージを喚起させるような読み心地なのだ。そうして、ぼくたちはベトナム戦争というものを追体験することになる。ぼくらの世代にとって近くて遠いベトナム戦争が、よりいっそう肌身に感じるように思った。




■9位■ 「任務の終わり (上下)」スティーヴンキング文藝春秋

 

 「ミスター・メルセデス」、「ファインダーズ・キーパーズ」に続く『ホッジズ三部作』の最終巻。もちろん、本書は三部作のラストを飾る巻なので、これを読む人は前ニ作を読んでいるというのが必須条件なのであります。その手順をふまないと、おもしろさは半減しちゃうからね。これは必ず守っていただきたい。もともとキングは善と悪の対立を軸に据えて物語を構築する作家なので、このシリーズもそれを踏襲してすすめられていく。ここで描かれるのはそういった単純な構図のもとに成り立った物語なのだ。だから、読者は安心して物語に身をまかせられる。だって、必ず善は勝つってわかっているからね。あ、そういう無責任な期待を寄せてしまうのも、高齢になっていたって丸くなったキングのことを知っているからなんだけどね。とにかく、キングはそういう単純な構図の上に饒舌に世界を構築してゆく。この饒舌がキングの持ち味であって、それがあるからこそ紙面の上で人が生き、匂いが溢れ、街が色付くんだよね。キングの旨味はそこに尽きるといってもいい。およそ予想のつく結末でありながら、どうしても最後まで読まずにいられない。こうして『ホッジズ三部作』が幕を閉じたいま、今度はいったいどんな物語を展開してくれるのか、やっぱり期待してしまうんだよね。ほんとキングって罪な作家なんだから。



 
■10位■ 「パンツが見える。 羞恥心の現代史」 井上章一 / 新潮社 
 
 ぼくもパンチラは好きなのです。これは幾つになっても、変わらない感情なのです。ただの布っきれなのに、どうしてそれが見えたときうれしいのか?これは、ぼくも以前から不思議に思っていた事でした。
 著者の井上章一氏は、この男のロマンともいうべき永遠の咎を懇切丁寧に論証してゆくのである。ま、普通でいったら、何バカなことやってんの!と頭を小突かれてもしかたないくらいなのだが、この井上氏はクソ真面目にパンチラの構造をひも解いてゆく。数々の雑誌記事、新聞記事、果ては膨大な数の小説からの引用を駆使して井上氏は当時の風俗歴史を掘り起こしてゆく。いまでは不思議な感覚が当然だった時代の話だ。そこから浮かびあがってくるのは、女性と男性の意識の変遷。どういう過程を経て女性は下着を隠し、男性はそれを見たいという欲望にとりつかれることになったのか?興味を持たれた方は自分の目で確かめていただきたい。



 以上が2018年のベスト10。2019年は、もっともっと本を読んでいかなくてはいけませんね。こなしていかなきゃ、未読本は着実に増えていっておりますけん。