読書の愉楽

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キジ・ジョンスン「霧に橋を架ける」

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 短編、中編あわせて11作品が収録されている。収録作は以下のとおり。

 「26モンキーズ、そして時の裂け目」

 「スパー」

 「水の名前」

 「噛みつき猫」

 「シュレディンガーの娼館」

 「陳亭、死者の国」

 「蜜蜂の川の流れる先で」

 「ストーリー・キット」

 「ポニー」

 「霧に橋を架ける」

 「《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語」

 ほとんどが短い作品で、表題作のみが100ページほどの中編となっている。まず注目したいのがこの表題作。話的にはとてもオーソドックスなSFになっていて、タイトルそのままに霧に橋を架けるだけの話なのだが、これがなかなか良い。何が素晴らしいといって、SFの醍醐味ともいえる現実にはありえない景色を鮮やかなイメージで描いているところが堪らない。底の知れない、あまりにも濃厚な腐食性の霧の大河、その中には誰もその全貌をみたことのない巨大な生物が徘徊している。そこに赴任してきた技師のキット・マイネン。地元の人たちとの交流と危険な霧の川への挑戦。いってみれば、これはドラマティックな『プロジェクトX』の世界なのだ。困難な仕事に立ち向かうことの勇気と誇り。そこには愛もあれば死もある。果たして、彼は無事橋を架けることができるのか?どうぞ、安心して読めるどっしりした安定感の本作をお楽しみください。

 他の作品で印象に残ったのは、短い作品の多い本書の中でも比較的長めの短編「蜜蜂の川の流れる先で」と「《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語」の二編。「蜜蜂の~」もタイトルそのままの現象が描かれているのだが、ここで重要なファクターとなっているのが犬。脊椎固定の処置を受けて筋肉が委縮したため、自由に身体を動かせないサムという名のジャーマン・シェパードだ。主人公であるリンナとサムはある日突然の思いつきで衝動的にドライブに出かけ、それがいつの間にかいくつもの州を越える旅行に発展してゆく。やがて行く手を阻む『蜜蜂の川』に直面し、彼女はそれを辿ってゆくという考えにとりつかれてしまう。突き動かされる衝動と不思議な力に導かれる運命。蜜蜂の川が人々に与える影響。過去にあった出来事と現在がリンクし、大きな歯車の中に主人公たちはとりこまれてゆく。

 「《変化》後の~」は、動物たちが言葉を話だしたら人間との関係はどうなってゆくのか?という疑問を推し進めて考察した作品。ここでも主人公はリンナという女性だ。しかし先の作品と同一人物ではないようだ。彼女は人間に捨てられた犬たちと交流するためにノース・パークで時を過ごす。そして物語を語る犬から、『犬の物語』を聞いたりしている。言葉を話すことによって、かつては従順だった犬を手放してゆく人々。中には言葉を話す犬と共存できる人もいるのだが、言葉は人間と犬の間をスムーズに取りもつコミュニケーションのツールにはならないようだ。コミュニケーションができるようになればこそ生じる弊害。それを詳細に描きながらも、読み手にはジョンスンの動物に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

 その他の作品は非常に短いものばかりで、至極はやく読み終えてしまえるので、はっきりいってあまり印象に残っていない。唯一、異星人とファックしまくる女性を簡潔に意味深く描いている「スパー」が目新しかったくらいか。

 というわけで、けっしてエキサイティングではないが、静かで厳しいけれど温かい物語をどうぞご堪能くださいって感じの短編集。この人はもう少し様子をみていたい作家だ。