読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

恩田陸「蜜蜂と遠雷」

イメージ 1

 てっとりばやく、最初に言っておくが、本書は小説の神様から祝福された小説だ。ま、そんな神がいたとしたらだけどね。もう、ぼくなどは完全にノックアウトされちゃったのである。久しぶりに本を開くのが待ち遠しいと感じたし、読み終わるのがこれほど惜しいと思ったのも絶えて久しい感覚だった。 


 実のところ、最初この本の存在を知ったとき、ピアノコンクールを描いただけの作品がそんなにおもしろいのだろうか?と疑問を抱いていた。事実、この約500ページで二段組みの本書は、目次を見ればわかるとおりピアノコンクールの数日間だけの物語で、そんなのどこに読みどころがあるの?って感じだったのだ。


 舞台となるのは、3年に一度開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。このコンクールで優勝した者はその後著名コンクールで優勝するというパターンが続いたおかげで、世界的な評価がうなぎ昇りのコンクールだ。本書で描かれるのは、そのコンクールで競いあう4人のコンテスタントの動向。


 ピアノの演奏がメインのこの筋書きのどこに読者を牽引するおもしろさがあるのか?おそらく、この物語は映像化してもさほどおもしろくないのではないかと思う。そりゃあ、ぼくはドラマ作りのプロではないので、もしかしたら映像化しても素晴らしい作品になるのかもしれないが、読んでみればわかるとおり本書は小説表現のみが持ちえる描写の素晴らしさが際立っているのだ。クラシック音楽は、ちょっと齧ったくらいでまったく素養のないぼくが読んでさえここで演奏される数々の名曲の素晴らしさは、文字から得られる満足感をともなって胸に迫ってくる。まして、そこに音楽を奏でる天才たちの感性が相乗されるのである。


 ぼくはこの各人の奏でる課題曲を実際聴きながらページを繰った。いまはYoutubeなんて便利なものがあるからね。これは至福の読書でもあった。臨場感があり、音楽を共有しているという高揚感と共に読書の喜びをかみしめた。


 とにかく本書は、読書好きにとって素晴らしいギフトなのである。ここに登場する4人のコンテスタント各人の音楽に対する愛情、真剣なアプローチ、そして情熱。天才的なひらめきと感性。すべてがここに詰まっている。音楽を愛する人も、それほどでもない人もぜひ本書を読んで欲しい。
 それほどに素晴らしい小説なのだ。