読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

藤沢周平「隠し剣孤影抄」

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 藤沢周平の市井物には慣れ親しんでいるのだが、正直剣客物はあまり読んだことがなかったのである。ついこの間読んだ「人生を変えた時代小説傑作選」に収録されていたあの有名な「麦屋町昼下がり」のみが唯一読んだことのある藤沢剣客小説だったのだ。(そういえば「蝉しぐれ」も少し剣客小説っぽい部分があるかな?)

 本書はそんな藤沢剣客小説がこれでもかと堪能できるスゴイ短編集。収録されているのは八編、タイトルは以下のとおり。


「邪剣竜尾返し」

「臆病剣松風」

「暗殺剣虎の眼」

必死剣鳥刺し

「隠し剣鬼の爪」

「女人剣さざ波」

「悲運剣芦刈り」

「宿命剣鬼走り」


 それぞれタイトルからも推し量れるように、様々な剣技が物語の中心に据えられ、それをとりまくドラマが展開してゆく。うまいなぁと感心するのが、ワンパターンに陥らないように各編絶妙な工夫が凝らされているところ。大きな注目としてそれぞれの秘剣の妙技があり、それをつかうに至るドラマの構成が各編おおいに盛り上げるものもあれば、あくまでもストイックに徹したものもあったりして緩急自在に手玉にとられる快感をあじわえる。話の印象も、あくまでも気持ちのよい清々しい結末を迎えるものや、大いに溜飲の下がるものがあるかと思えば、武士道残酷物語のような凄惨美を強調するような作品もあったりして、ほんと目が離せない。一読して心に残るものは、やはり『武士の一分』ともいうべき、あくまでもストイックな矜持である。己を律すること鋼のごとし、情に流されず、分をわきまえ、因果さえも飲み込んで悲運に立ち向っていく一人の男の姿がそこに浮かび上がる。

 自分を振り返ったとき、そこには矜持も誇りも、まして禁欲さえもないのだが、こういう世界があり、それに共感できる自分がいるということがわかるだけで、なんだかうれしくなってしまう。このことは以前に「蝉しぐれ」の感想でも書いたのだが、ほんと藤沢作品に登場する武士たちにはその思いが強いのだ。

 というわけで藤沢剣客小説、噂に違わず素晴らしい出来栄えだった。そうそう本巻の一作「必死剣鳥刺し」を元にした映画がもうすぐ公開されるらしい。そういえば、何年か前に永瀬君の主演で「隠し剣鬼の爪」も映画化されていた。あっ、キムタク主演の「武士の一分」もこのシリーズが原作だったよなぁ。う~ん、やはりこの『隠し剣』シリーズはすごい短編シリーズなのだなぁ。