「名短篇、ここにあり」「名短篇、さらにあり」に続く、北村薫と宮部みゆき選のアンソロジー第三弾なのである。次に「名短篇ほりだしもの」がきて合計四冊のアンソロジーが刊行されたことになる。アンソロジー好きには、なんとも堪えられない名作揃いのアンソロジー集だ。
でこの第三弾の本書なのだが、巻末のお二人の対談で宮部さんが言っておられるように、なんとも怖い短篇ばかりが集まっている。収録作は以下のとおり。
【第一部】
「愛の暴走族」 穂村弘
「ほたるいかに触る」 蜂飼耳
「運命の恋人」 川上弘美
「壹越」 塚本邦雄
【第二部】
「一文物語集」より『0~108』 飯田茂実
【第三部】
「酒井妙子のリボン」 戸坂康二
「絢爛の椅子」 深沢七郎
「報酬」 〃
「電筆」 松本清張
「サッコとヴァンゼッティ」 大岡昇平
「悪魔」 岡田睦
「異形」 北杜夫
昭和から現代にかけての作品ばかり、なかなかバラエティに富んでて素晴らしいラインナップだ。第一部はつい最近の作品ばかりで、ここらへんは小手慣らしのような小品が続く。エッセイ調からショート・ショートそのものという作品まで取り揃えてあって、ほんの数ページの作品ばかりだが、それぞれ味わい深い。第二部のこの作品は、本アンソロジーで読まなきゃ決して読むことがなかったであろう作品。タイトルにもあるように一文であらわした物語が108編並んでいる。例えば『同僚たちと花見の席で大騒ぎしている最中ふと、自分が前世でこの樹のしたへ誰かを殺して埋めたことを思い出した。』とか『逢引のために掘った地下道を、恋人の住処へ向かって這い進んでゆくと、何者かの手で注がれた熱湯が前方から勢いよく流れてくる。』とか『焼跡から持ち帰った缶詰はどれも開けると蝉の抜殻が入っていた。』なんていうシュールでちょっと不気味な一文が並んでいる。これは素晴らしかった。こういう表現はあまり馴染みがなかったので新鮮だった。
第三部はすべて短篇小説。作家名を見てもらえばわかるとおり、すごい顔ぶれだ。しかし、この中で一番印象深かったのは、まったく未知の作家の岡田睦「悪魔」だった。これはアンファンテリブル物の逸品で、北村氏をして『しかし、よく書いたよね、こんなものを』と言わせた作品。これの気味悪さはラストの場面に尽きる。性の目覚めとしてはよくわかる感覚だが、それをこんな形で表現するなんて、ねえ。あと北杜夫「異形」もラストで軽くひっくリ返される作品。まさかこうくるとは思わなかった。予想外の展開だ。深沢七郎の二作品は独特の文体でとても取っつきにくいのだがこれが意外と凄くて、ミステリとしても不条理物としても通用する一読忘れがたい作品だった。
というわけで、もう一冊『名短篇掘り出し物』に続きます。