読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「トマト・ゲーム」

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『トマト・ゲーム』

『アイデースの館』

『遠い炎』

アルカディアの夏』

『花冠と氷の剣』

『漕げよ、マイケル』

本書に収録されているのは以上の五編。それまでジュヴナイル作品は発表していたが、皆川博子が一般向

けにデビューした記念すべき短編集である。この中に収められている「アルカディアの夏」が第20回小

説現代新人賞を受賞。それを機に皆川博子はあまりにも蠱惑的で危険で美しい幻想の世界を表出していく

ことになるのである。そういった意味で本書は彼女の紡ぐ膨大な物語の源泉ともいうべき煌めきを有して

いる。だが、この文庫版は真の意味でのデビュー作ではないらしい。単行本で刊行されたときに収録され

ていた「獣舎のスキャット」と「蜜の犬」が省かれてかわりに「アイデースの館」「遠い炎」「花冠と氷

の剣」が収録されているのだ。どうしてそんなことになったのかといえば、「獣舎のスキャット」と「蜜

の犬」の内容があまりにもインモラルだったので自主規制したとのこと。ぼくは「獣舎のスキャット」を

以前にも紹介した出色のアンソロジー「猟奇文学館〈2〉人獣怪婚」で読んだことがあるのだが、確かに

これはいろんな意味で究極にグロい作品だったと思う。「蜜の犬」は未読だが、これは「皆川博子作品精

華集 迷宮ミステリー編」に収録されているので、そのうち読むつもり。他にも出版芸術社から刊行され

ているふしぎ文学館の「悦楽園」に両作品が収録されているので、興味のある方は是非ご一読を。そのか

わり気分が悪くなってもしりません。

おっと、前置きが長くなってしまった。というわけで本書なのだが、これがやはりどこを切っても皆川節

満開なのである。表題作である「トマト・ゲーム」は一種のチキンレースを題材にした青春物・・・・と

いってしまえば簡単なのだが、やはりそう簡単にはいかない。ここで描かれるのは相克だ。いまの青春を

謳歌する若者とかつての青春にすがりつく二人の男女。そこには長い時間が厳しく横たわっている。そし

て、それを乗り越えようとしたときに一番最悪なことが起ってしまうのである。

ぼくが一番感心したのは「アイデースの館」だ。これは導入部からして異様な雰囲気をたたえているのだ

がそれが二転三転して大きな陰謀が浮上してくるあたりの話の転がし方が素晴らしい。いまでいえばジャ

ンル・ミックス的なおもしろさなのだ。この人この頃からこんなスゴイ話書いてたのね。

「遠い炎」は以前に紹介した「祝婚歌」にも収録されていた作品なので、割愛する。

アルカディアの夏」は、非常に印象深い一編。思春期の少女のあやうさを切り取っているが、その手法

が独特だから、強烈に印象に残ってしまうのである。でも、この感覚はよくわかる。エロスとタナトス

関係は永遠に不滅なのだから。

「花冠と氷の剣」は、これを読んで『贅指』という言葉を知ったのが一つの収穫。着眼点がすごいよね。

この感覚はスタージョンに通じるものがあると思うのだが、どうだろうか?これは主人公である女医がど

んどん転落していく様がすさまじい。溺れるのを通り越して、最初から死んでるみたいなものだもの。凄

惨だ。

「漕げよ、マイケル」は本書の中で唯一ミステリ色の濃い作品。なにせ高校生の完全犯罪を描いているか

らね。しかもちゃんとトリックもあるから素晴らしいではないか。それと付随して描かれる同性愛的な描

写が妙にマッチングしていて、これも印象深い。

というわけで、皆川女史の初短編集、十分堪能いたしました。ほんとうにこんな貴重な本を譲っていただ

いて、もねさん、どうもありがとうございました。本書は、ぼくの心の中では家宝級の本となりました。