〈ファージング〉三部作、堂々の閉幕なのである。思わず唸ってしまうほどの完成度だった。何がどう素晴らしいのか、どこがどうおもしろいのか微に入り、細を穿ち詳しく説明するのが筋なんだろうが、いやあ、それは出来ない相談だ。だって、そんなことをすれば本書に初めて接する愉しみを奪ってしまうじゃないの。でも、それじゃ記事にできないので、ぼくなりになんとか本書の魅力を語ってみようか。
前二作に続いてナチスドイツと講和条約を結んだ英国という改変歴史を描いているのだが、本作ではいよいよ英国がファシズム政権一色に染まってしまった恐怖の時代を描いている。本書での語り手はこのシリーズのお約束通り二人いて、一人は三部作通しての語り手であるカーマイケルなのだが、前二作では警部だったこの男は本作では英国版ゲシュタポの監視隊(ザ・ウォッチ)の隊長になっている。もう一人はかつてのカーマイケルの部下で殉職したロイストンの娘であり、いまはカーマイケルの養女となっているエルヴィラだ。この二人の視点が交互に語られてゆくわけなのだが、本作では先にも書いたとおりファシズム政権の真っ只中である英国の趨勢が描かれるので、そこにはやはり過酷なホロコーストの黒い影が覆いかぶさっているのだ。それはもう本書の冒頭から描かれており、街中を引き回されるユダヤ人親子の姿などはフィクションだとわかっていても心が痛んだ。小さい女の子が投石で額から血を流している場面など、思わず嗚咽をもらしそうになったくらいだ。
そんな非情で悲惨な英国にあって、下町娘の気慨を持ちながらも貴族の娘として社交界デビューするため英国女王との拝謁を控えるエルヴィラの存在がかなり救いとなっている。時代が変わっても年頃の女の子はみな同じようなものだ。彼女の登場するパートは暗い時代において、日陰に差す微かな光のようなものだ。そんなエルヴィラも時代の波にのまれて、かなり危険な冒険をすることになるのだが、このへんの話の転がし方はサスペンスの王道をゆくもので、ページを繰る手がとまらないほどのおもしろさである。
そして、これだけの大掛かりな物語をいったいどうやって作者は収拾つけるんだろうと心配になるほどだったのだが、それが、もうこれ以外にはありえないと思えるほどの素晴らしいラストへと結実していくのだから、ほんとこのシリーズは後世に残る傑作なのだと実感した。
こうして、長い物語は幕を閉じたのだが、近年稀にみる素晴らしい出来栄えの小説だと心から思える作品だった。ほんと素晴らしいので、みなさん本シリーズはどうか読んでください。
もう、読まないと損すると言いきっちゃいます^^。