文春文庫の今月の新刊で本書が刊行されていたので驚いた。いまになって、この本が改訂版としてなぜ出版されるのかわからないのだが、とにかく本書はおもしろかった。島田荘司と切り裂きジャックという取り合わせは、これ以上はないくらいのベストマッチングではないか。
事件は1988年の東西併合前の西ベルリン市で起こる。深夜の街中で娼婦が惨殺されたのである。喉を切り裂かれ内臓を取り出された死体は、丁度百年前に起こった切り裂きジャック事件を想起させた。
いま気づいたが、島田荘司はこの頃から実在する事件を作品に取り込んでしまうという悪癖をおこなっていたのである。しかし、この作品はその悪癖がプラス方向に傾いている。現在と過去の類似した事件を交互に描くことで読者に二つの事件の関連性という興味をもたせ、いったいどういう解決になるんだとページを繰る手を止めさせないのだ。
これにくらべ後年の「龍臥亭事件」などは、あの有名な『津山三十人殺し』を扱っていながら、それをただノンフィクションとして作中に取り込むという愚を犯している。
「エデンの命題」に収録されている「ヘルター・スケルター」も実在の事件を扱っているが、これもヒネリも何もなくて事件を知ってる者なら一目瞭然の作品だった。
その点、本書は実在の事件である『切り裂きジャック』事件が解決されていないから、そこに推理という猶予がうまれて島田荘司の得意とする大胆な着想が活かされているのである。
ここで明かされる事件の真相は、なかなか説得力があるのではないか?少なくとも、ぼくはおおいに感心した。実際問題こういうことが実現可能かどうかというと、それはちょっと現実的ではないと思う。
しかし犯行の動機としては非常にユニークでそこそこの説得力があった。
虚構の物語として成功してる所以だろう。
また、本書には「あの人」が登場するということも付け加えておかなければならない。颯爽と登場して事件を解決する姿はファンにはうれしい限りだった。