ワトソンは『四つの署名』の中で結婚しているのである。これはあまり注目されていない事実であり、実際ぼくもホームズの正典はすべて読んでいるにも関わらず、このことはすっかり忘れていた。でも、三十年ほど前に書いた感想を読み返してみると、ちゃんとその事に触れているのである。
本書「新しい十五匹のネズミのフライ」は、そのことを踏まえて読んでみるといい。ちなみに『四つの署名』でワトソンが結婚したのはメアリーという女性である。
また、これから本書を読もうとしている人で「シャーロック・ホームズの冒険」を未読の方(そんな人いるかな?)は是非とも「赤髪組合」(本書では「赤毛組合」という表記だが延原謙の訳文で親しんだぼくは敢えてこう書くよ)を読んでから本書を読んでほしい。もちろん本書の中で「赤髪組合」の一連の流れは描かれるが、これは是非とも正典で読んでおいてほしい。
以上の二点を踏まえて、さて本書の冒険にいざゆかん!なのであるが、これが小さく副題にも書いてあるとおりワトソンが主役の冒険なのだ。かつてスティーヴン・キングはワトソンを主役に抜擢してアンソロジー「シャーロック・ホームズの新冒険」の中で「ワトスン、事件を解決す」というまことに秀逸な短編を書いたが、本書のワトソンはあくまでも脇役の枠をはみ出ず探偵としては二流もいいところである。
結局、事件の真相についてはホームズの明晰な頭脳に頼り、しかしそのホームズ自身は終盤近くまで麻薬中毒に陥って人事不詳というていらくだ。
あの有名な「赤髪組合」の事件の裏側にこんな真実があったのか!というアイディア自体はかなり素晴らしいものなのだが、そこに絡む謎の真相はなかなか強引な解決をみせ、なおかつカタルシスもあまり感じられないものだった。
しかし、ホームズ物のファンとしては、この19世紀のイギリスを舞台にしたあの懐かしい雰囲気だけで結構大目に見てしまうところがあり、まだ見ぬホームズとワトソンの新たな冒険に接したという事実だけでそこそこ楽しめたりするのである。読んでるあいだ、ちょっと冗長だなとか、ホームズがまったくのポンコツじゃないかとかいろいろ不満があったにせよだ。
というわけで、本書は生粋のホームズファン向けなのではないかと思うのである。ま、正典にしろホームズの長編にミステリとしてのおもしろさを求めてはいけないんだけどね。やはりホームズ物といえば短編なのだ。短編にこそ、ホームズの真髄があらわれている。でも、本書でも言及されているようにその短編の中にもトンデモな内容の話が幾つかあるのだが、ここまで大っぴらにそのことについて書いている本には出合ったことがなかった。それが確認できただけでも、本書を読んでよかったなと思えるのである。
というわけで、本書は生粋のホームズファン向けなのではないかと思うのである。ま、正典にしろホームズの長編にミステリとしてのおもしろさを求めてはいけないんだけどね。やはりホームズ物といえば短編なのだ。短編にこそ、ホームズの真髄があらわれている。でも、本書でも言及されているようにその短編の中にもトンデモな内容の話が幾つかあるのだが、ここまで大っぴらにそのことについて書いている本には出合ったことがなかった。それが確認できただけでも、本書を読んでよかったなと思えるのである。