読書の愉楽

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ジェフリー・フォード「シャルビューク夫人の肖像」

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 著者のジェフリー・フォードは1998年に「白い果実」で世界幻想文学大賞を受賞している。

 「白い果実」は三部作の第一部として書かれたファンタジーで日本でも一昨年翻訳されて好評だった。

 訳者に山尾悠子が加わっているのも話題になった。訳者といっても山尾悠子が実際翻訳したわけではなく、金原 瑞人と谷垣 暁美が翻訳した文章を彼女が校正しなおしたというのが真相らしいが、実際読んでみると彼女の怜悧で硬質な文章が妙にマッチングして独特の世界を構築しており、熱心なファンでないぼくでも魅了されたものだった。

 物語自体も大変魅力的で、独特の世界観と脱力系のユーモアが混在する異色ファンタジーだった。第一部ということなので、終わり方がとても気をもたせる終り方だったから続きが気になってしかたがなかったのだが、いまだに第二部は翻訳されていない。

 そんなフォードの新作が翻訳されたので読んでみた。

 本書の舞台は19世紀末のニューヨーク。肖像画家であるピアンボは満足のいく仕事ができないことに本来の自分を見失いかけていたが、ある日奇妙な依頼を受けることになる。その依頼とは一切姿を見せず屏風越しに話を聞くだけである夫人の肖像画を描くというものだった。提示される報酬は莫大なもので、失意に落ち込むピアンボはそこに光明をみいだし、次第にのめり込んでいくことになる。

 なんとも奇妙な話ではないか。その人の姿を見ずに肖像画を描くことなんて出来るのか?その製作過程はいったいどういうものになるんだ?

 様々な思惑を胸に読んだのだが、やはりフォードは並の作家ではなかった。ピアンボが屏風越しに聞くシャルビューク夫人の話は幻想作家の面目躍如たる魅力に溢れるエピソード満載で、とてもおもしろかった。雪の結晶を標本採取してその構造が持つ意味を探求する結晶言語学者ってのが極めつけだったが、他にも人糞占い師だとか双子の結晶だとか猿の手だとか、もうとにかく奇想スレスレの世界に酔ってしまった。

 そうこうしているうちにピアンボ自身の周辺でも奇妙な出来事が起こりはじめる。留守中に浸入されているなんていうのは序の口として目から血の涙を流して死んでいく女たちや、死んだはずのシャルビューク夫人の夫の出没など、どんどん話が妙な方向に進んでいく。南から来た男や謎の霊薬なども登場していったいどうなるんだ?と思ってしまう。

 しかしそんな心配は杞憂に過ぎず、ラストでは少しミステリ風の味付けがされてたりして気持ちよく読了した。豊崎由美が真相に不満をもらしていたが、ぼくはそれほど不満は感じなかった。これはこれでいいと思う。この作者のことだから、もう少し毒のある話に落ち着いてもよかったのかもしれないがこの気持ちのいい読後感も捨てたものではないと思う。

 というわけでジェフリー・フォードはぼくの中で、だんだん目の離せない作家となってきているわけなのである。