読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ジョン・ダニング「死の蔵書」、「幻の特装本」、「失われた書庫」

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 読んでみて、待ってましたこんなの読みたかったんだよと快哉を叫びたくなる本というものがある。

 ジョン・ダニング「死の蔵書」がまさにそういう本だった。

 この本のどこに狂喜乱舞したのかといえば、それは古本マニアが随喜の涙を流してしまうあまりにもマニアックな古本雑学が満載だったからだ。

 たとえ舞台がアメリカだったとしても、古本にかけるスピリットは万国共通。思わずうんうん頷いてしまう話がてんこ盛りなのだ。

 十セントの古本の山から、数百ドルの値打ちの本を探しだすという腕利きの『掘り出し屋』が何者かに殺害される。事件を追う主人公クリフは刑事でありながら、古書に関しては誰にも負けないくらいの知識を有する変わりダネ。ちょっと待って待って、そこのあなたこのいかにもご都合主義な設定であっちへ行こうとしたでしょ?もうちょっと我慢して付きあってもらえませんか。たしかに、この設定はうまくハマりすぎてる。それは重々承知だ。しかしその都合のよい、言いかえれば鼻についてしまう設定が逆にプラスに作用しているのが本書の強みなのだ。

 注目すべきは主人公クリフの造型。ハードボイルドの定番なのだが、口は達者で頭の回転がはやいという利点を最大限に活用して行動する姿はとても清々しい。まったく、このクリフの生き方には共感をおぼえてしまう。だってそうでしょ?本好きというだけで充分魅力的なのだから。

 そして描かれる事件も、ああだこうだ入り組んで見事に作者の術中にはめられ、ラストの真相がわかる場面では少なからずの大抵の人が驚くことになるだろう。

 とりあえず、この本に出てくる稀覯本は魅力的だった。マニアの心を激しく刺激する本だった。

 続く二作目の「幻の特装本」では、視点を変えて本を製作する過程での薀蓄が語られる。これも本好きにはまことに興味深い内容で、なかなか勉強になった。

 肝心かなめの内容はというと、世評では一作目より落ちるなんて評価も散見されるが、なんのなんのこちらもロス・マク風味の悲劇の様相を呈した好編だった。前回よりハードボイルドテイストが強調されているのだ。かの「さむけ」を彷彿とさせるようなキャラクターも登場し、なかなか肌寒い感触をあじわった。ぼくは、この二作目も大好きである。

 そして三作目が「失われた書庫」。一昨年の暮れに刊行された。こちらは前の二作にくらべると本に関する薀蓄は減ってしまっている。それを期待するとちょっとハズレてしまうのだが、話としてはかなり読ませる内容となっている。扱われるのはあの「千夜一夜物語」で有名なバートン卿。彼の著した本を献呈された人物がいて、その膨大な蔵書が誰かに騙し取られてしまったというのだ。

 何度も言うが、本書には本に関する薀蓄は期待してはいけない。それを期待しなければかなり読み応えのあるミステリに仕上がっているといっていいだろう。

 とまあ三冊紹介してきたが、ぼくはやはりこのシリーズが好きだ。愛してやまないとはこのことをいうのだろう。本好き、くわえて古書好きの方で未読の方にはぜひぜひおすすめする次第であります。