刑法39条について書かれた本はいまでは、掃いて捨てるほどあるのかもしれないが、本書が出版された
年(1994年)には、まだ目新しい題材だったように思う。
1.心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス、2 .心神耗弱者ノ行為ハ基刑ヲ減軽ス
精神鑑定によって責任能力無しと判断されれば、罪を償わなくてもよいという判決が下される。
このシステムを根底から問い直す目で描かれるのが本書「鑑定主文」なのだ。
ハードカバー二段組み560ページという膨大な質量をほこる本書は、しかし読み始めればなかなかの
ページターナー本なのである。
精神鑑定は奥深い。人間の精神なんて外側からつついて判断つくのか?と思ってしまう。まっ、これは
素人の考えであって実際はちゃんと理論だてて精神鑑定が行われており、裁判に資料として提出されて
いるのである。
でも、それで刑が決まるわけではない。その結論を採用するかどうかは裁判官の判断なのであり、それ
をもとに被告が心神喪失及び衰弱状態であったのかどうかという判断も裁判官が決定することになる。
どうして、罪を犯していて無罪でいられるのか。被害者の家族にとっては納得できない判決かもしれな
い。
しかし、自分を見失っている人(自分が何をしているのかよくわからなくなっている人)を罰しないと
いうのは当然であって、判断能力が欠如しているのだから罰しようがないのである。
でも、そうだと理解していても被害者側としてはやはり納得できないものがある。
逆に精神鑑定の際、心神喪失を装うことが可能なのか?という問題もでてくる。
実際問題総合的に判断する精神鑑定において経験豊富な鑑定人の眼をごまかすのは至難の業というかほ
とんど不可能なことなのかもしれない。
しかし、埼玉東京連続幼女殺人事件の例のように三種類の鑑定結果が出てしまうなんてこともあるので
ある。
この領域は不可視の部分が多い・・・・ように思う。
本書は、そういった問題を統合して重層的に語っていく。かなりエキサイティングに。
でも、ラストまで疾走した読者はいささか拍子抜けを味わうかもしれない。
物語も謎も完結しているのに関わらず、その気持ちは残るかもしれない。
しかし、いまだに闇の領域であるこの問題を解き明かすことはできない。
なぜならそれは、神の領域なのかもしれないから。
尚、岡江氏は何作かミステリを書いた後、官能小説ばかり書いているようである。本書のような読み応
えのあるミステリを書ける人なのに、残念なことだ。この路線でもっと多くの作品を発表してほしかっ
たものだ。