読書の愉楽

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スティーヴン・キング「ドクター・スリープ(上下)」

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 善と悪の闘いの構図を全面に押しだしたこの物語は、かつてのキングのはちゃめちゃ感がすっかりなくなった非常に優等生的な結末を迎える。前回の「11/22/63」も感動的なラストを迎え、もうお腹いっぱいで読了したわけなのだが、本書があの「シャイニング」の続編だということを考えると少し欲求不満に感じてしまうのは、仕方のないことなのだろうか。

 

 キング本人も言っているように、「ドクター・スリープ」を書いた男は、「シャイニング」を書いた気のいいアルコール依存症者とはまるっきり別人なのだ。そう、人は変わる。怒りっぽい人が長ずるにつれて角がとれて丸くなったり、細やかな神経だった人が大雑把になっていったりするような大きな変化でさえ人の世ではありきたりの現象だ。

 

 だからキングも自覚ゆえ巻末の『作者のノート』でそのようなことを言っているのだと思うのである。しかし、だからといって本書がおもしろくないわけではない。これだけは歳月が過ぎても変わらない饒舌な語りに乗せられて、独創的でエンターテイメントに徹した物語が綴られてゆく。

 

 「シャイニング」の究極の恐怖を生き延びたダニー・トランス。ホスピスで働く彼は、死にゆく老人たちを静かに見届けて穏やかに逝かせる「ドクター・スリープ」となっていた。かつての力ほどではないが、ダンはまだ「シャイニング(かがやき)」の力を持っていた。そんな彼のもとにある日『かがやき』を通じてメッセージが届く。もう一人の『かがやき』の持ち主アブラ・ストーンがその強大な力を使ってダンに接触してきたのだ。アブラは12歳の少女。ダンと交信するうちに二人の間には固い絆がうまれる。

 

 そこに絡んでくるのが、太古の昔より『かがやき』を持つ子どもから『命気』を吸いとり今日まで生き続ける真結族。ま、一種のマインド・ヴァンパイヤだね。集団でキャンピング・カーを連ね移動する怪物集団だ。

 

 こうして役者が出揃ったところで、善と悪の闘いがはじまる。しかし、この真結族が怪物集団としての脅威を存分に発揮していないのでそこにあまりカタルシスは感じられない。もっともっと恐ろしく描くこともできただろうに、キングはそうしなかった。決着も案外あっさりついちゃって少し拍子抜けだった。「シャイニング」にくらべて忌まわしさが希薄なのもその要因の一つなのだろう。

 

 キングも丸くなったね。

 

 でも、やっぱりファンとしてはあの「シャイニング」の続編を読めたことを喜びたい。あ、基本的には独立した物語として本書は十分楽しめる内容となっているが、やっぱり「シャイニング」を未読の方は、そちらを先に読んでおいたほうが、さらに物語がわかりやすくなると思う。ラストの対決の場面でもあの人とあの人が活躍したりするしね。