読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

フェルディナント・フォン・シーラッハ「刑罰」

 

刑罰

刑罰

 

 

 

 シーラッハの短編作品は、独特の間と感覚で完結する。彼の作品を読んだことのない人に向けて説明すると、少々困難をともなう気もするが、なんとかやってみようか。

 まず、それぞれの短編は非常に短い。本短編集でも一番長い「奉仕活動」という作品でさえ、わずか28ページ。その短いページ数でシーラッハは、鮮烈な印象をわれわれに残すことに成功している。淡々と事実のみを記述していく、ある意味 素っ気ない文章。激しさや熱情とは程遠いはずなのに、感情が揺さぶられる。到底論理や理論があてはまらない登場人物たちの行動が理解の範疇を飛びこえてこちらの胸に突き刺さってくる。

 不可解さゆえに、読者はもどかしくページを繰る。その結末を見届けるために、自分の好奇心を満足させるために。短いがゆえに無駄がなく、かといって研ぎ澄まされた感はまったくなく、ゆるやかな坂を転げ落ちるボールが次第に速度を増すように、どんどんページが残り少なくなってゆく。罪を背負った人、罪を背負わされた人、罪に翻弄された人、様々な人たちが描かれるが、罪は手を変え品を変えわれわれの前に現れる。描かれていることは醜い犯罪や、ままならない人間の歪んだ精神なのに、読了すると、気高い崇高な気持ちが訪れる。このへんがシーラッハの持ち味であり、一度でも彼の作品を読んだことがある読者なら、次の読書につながるモチベーションになる。とにかく、シーラッハ作品は好みの分かれる持ち味が特徴だと思うのだが、合えば次々と読んでいきたくなるのである。

 人とは不可解な存在だ。理路整然と説明がつく行動をとっている人でも時に理解不能な犯罪を犯したりする。自分は、その範疇から外れていると思っているのだが、果たしてそうだろうか?そういった不安も残してくれたりするのが、シーラッハ作品なのである。

 あと、もう一つ言及しておきたいのが法律の闇だ。作者自身がドイツで高名な弁護士であるがゆえに、彼の作品には裁判の場面が数多く描かれるが、そこで思いもよらない判決が出たりする。まさに法の特異な性質を突きつけられたような気がして、漂然とする瞬間だ。このへんの呼吸はシーラッハの独壇場で、毎回毎回驚かされる。

 これからも、彼の本が出るならどんどん読んでいきたい。斯様に魅力的な作品群なのであります。