
そんな彼女が、お手伝いとして訪れる八つの家庭が独立した短編形式で描かれてゆきます。そこで描かれる家庭は、それぞれ人間のエゴや憎しみ、醜さがうずまく一種の修羅場。登場する人物には、あらゆる人間のサンプルが詰まっています。
自己本位、虚栄心、ナルチシズム、ヒステリー、傲慢、嫉妬、強欲、などなど。
それぞれの人間の内面にわだかまっている、あらゆる醜さが次から次へと展開されてゆきます。ゴシップ的な意味合いからいえば、それぞれの家庭の私生活をのぞくだけでもかなりおもしろいのに、それが、人間関係の内面にまでおよぶのだから、これほどおもしろいものはありません。
とにもかくにも、読んでいる間中ずっと感心していました。
このへん、まさに筒井康隆の独壇場ともいうべきおもしろさなんです。
また、七瀬のテレパスとしての活躍も、毎回際立った演出が用意されていて、それは「澱の呪縛」での猫の夢が無防備になった七瀬の意識の中に流れこんでくるくだりであったり、「青春讃歌」でのテレパシーをとおしての人の死であったり、「亡母渇仰」での、テレパシーによる死者蘇生の発見であったりします。
各短編、枚数的にはほんとに短いものなのですが、その凝縮された密度の濃さで毎回大きな満足を得られる作りになっています。
このあと七瀬は「七瀬ふたたび」

で組織に追われる身となっており、話は家庭を飛び出して、国家的なスケールにまで広がっています。しかし、物語は破綻せず読者はシリアスになってゆく世界観に翻弄されながら、人間とはなんなのか?という問いに悩まされることになります。
続くトリロジーのラストを飾る「エディプスの恋人」

では、先の「七瀬ふたたび」のラストとの関係がうまく飲み込めず少し戸惑うかもしれませんが、物語の力にグイグイ押されて知らぬ間に渦中に引きずりこまれています。
ここで出てくる高校生、香川智弘とその家族の過去が七瀬の調査によって明らかになる過程は、そんじょそこらのホラーよりも数段不気味な印象を受けます。ぼくは、思わずあの「リング」を連想してしまいました。
そして、この最終巻でテーマは『神』の領域にまでおよびます。ラストで七瀬が自分の存在に疑問を持ち、この世界の現実を受け入れられなくなった時、哲学的要素も加わって物語は俄然輝き出します。
この時に、前回のラストとの関係が明るみにされ、読者をも巻き込んで物語は終焉に向かいます。ラストで七瀬がくだす決断は、胸にせまる恐怖を呼び起こします。
おそらく、この七瀬トリロジーを一気に読了した人は、茫然自失となるはずです。
恐るべし筒井康隆。