読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

筒井康隆のこと

読書の虜になった当初、こんなにおもしろい作家がいたのかと目をみはる思いで読んだのが筒井康隆だっ

た。もういまではファースト・コンタクトがいったいどの本だったのか記憶の果てに消えてしまって、特

定することは難しいのだが、彼の描く不条理でブラックでエキセントリックな作品群はいまでもぼくの頭

の中に確実にインプットされている。

「うるさがた」「カメロイド文部省」「トラブル」「最高級有機質肥料」「経理課長の放送」などなど、

パッと思いつくだけでもスラスラとタイトルが浮かんでくる。「宇宙衛生博覧会」という短編集などは収

録されているすべての作品がハズレなしのおもしろさだったし、「メタモルフォセス群島」も忘れがたい

作品が多く収録されていた。時代物では「村井長庵」が忘れることのできない作品だったし、ロマンティ

ック路線では「わが良き狼」や「お紺昇天」なんて傑作もある。なかでも一番印象深いのは「エロチック

街道」だ。この見知らぬ夜の町で男が遭遇する奇妙な出来事を描いた短編は、夢の不条理さと不可思議さ

を体験できる作品として非常に魅力的だった。語り口自体は淡々としているにも関わらず、どこか得体の

知れない不安感がつきまとい、やがてそれが陶酔感にも似た高揚に変化してゆく。まさに絶品。この作品

は一読忘れがたい魅力に溢れている。この人は夢と心理学を偏愛する作家で、あの傑作長編「パプリカ」

などはそれが最良の形で作品化されたものだとぼくは思うのである。

そういえばショート・ショートでも「給水塔の幽霊」なんておもしろい怪談もあったなぁ。この話はいま

だに子どもたちに語り聞かせて喜んでもらっている。怪談といえば、ホラー作品にも一読忘れがたい作品

があった。「母子像」や「遠い座敷」などはかなり秀逸な出来だし、「死にかた」なんかスプラッター

哲学をあわせもったような、凄惨だけどなんだか別の意味で心に残る作品だったりする。つらつら挙げて

いけばキリがない。かように奥の深い作家なのだ、この人は。

まとめてみるなら、筒井作品の魅力は、いってみれば実験精神に基づくアイデアの秀逸さにある。それに

加味されるシチュエーション・コメディとしてのブラックなユーモア、そして不条理を全面に押し出した

安定を欠いた世界。恐怖と笑いが背中合わせになり相乗効果をあげ、読者を異様なテンションに導く。彼

の全盛期の短編群を読んでいると異常なまでのおもしろさに畏怖をおぼえるほどである。

たとえば「走る取的」、「吾郎八空港」、「乗越駅の刑罰」、「YHA!」、「毟りあい」などの作品は

みな今読んでも少しも色褪せることない傑作ばかりだ。賞取りとは縁のない作家ではあるが、この人ほど

後続の作家たちに影響を与えた作家はいないのではないだろうか。そういった意味でも、山田風太郎と並

んで筒井康隆はぼくの中では特別な位置を占める作家なのである。思いつくまま書いてきたが、結局なに

が言いたかったのかというと、ぼくはこの人が大好きだということをこのブログに足跡として残しておき

たかったのだ。まさに、自己満足である^^。

ところで、この偉大な作家の膨大な作品群の中で、いったいどれが一番好きなのかと問われれば、大いに

悩むとこなのだが、やはり壮大なサーガのような展開をみせる『七瀬シリーズ』が一等賞かな。なんてい

いながら、「大いなる助走」も「馬の首風雲録」も「旅のラゴス」も読んでないんだけど^^。