読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

舞城王太郎「されど私の可愛い檸檬」

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 二ヶ月連続作品集刊行の第二弾(ちなみに第一弾は「私はあなたの瞳の林檎」ね)であります。

 本書には三作収録されている。

 
  「トロフィーワイフ」

  「ドナドナ不要論」

  「されど私の可愛い林檎」


 前回が恋愛編で今回が家族編なのだそうだが、ま、ゆるい括りだね。それにしても、毎回毎回、手を替え品を替えいろんな話の中で物事の本質を大事に扱う姿勢に驚いてしまう。別に斬新なワケでもなく、それはあまりにもストレートな形で表出するのだが、そうやって同じ事をやっていてもこうしてグイグイ読ませてしまうから素晴らしい。彼が伝えようとしてることは、もう充分伝わっているんだけど、それでもまだ読みたい。新しいシチュエーションで、新しい舞台で、新しい登場人物で舞城くんが送りだしてくるメッセージを受け取りたい。ぼくは、そうやっていつも彼の物語を心待ちにしている。

 なんてラブレターはこれくらいにしておこうか。とにかく、彼の作り出す世界は大切だ。これからもどんどん送り出していって欲しい。で、本書収録作についてだが、この中で一番インパクトが強かったのが「ドナドナ不要論」。なんのこっちゃみたいなタイトルだが、ここから紡ぎだされる物語はある意味ホラーのように恐ろしいし、少なからずぼくもこの感覚は体験してきている。何が正しいのか、どこまで許せばいいのか、何を信じればいいのか、これは直面しなければ答えの出ない問いなのだ。守るべきものがあって、しかしそれが不確実に揺らいでしまった場合、自分はどういう立ち位置でいればいいのか、どう声をかければいいのか、どういう感情を持てばいいのか、それはその瞬間でしか見えてこない。本当にこれについては正解がわからない。

 「トロフィーワイフ」も結構深刻な話で、この土台で幸せを語るのか?と驚く。また、その展開もおもしろい。完璧な人に宿る狂気。構築された完璧に見える空間にどうやって風穴を開けるのか?本質を見極める力と、間違って信じている人をどうやって正すのかという問題。いや、まったくよくこんな話書けるなと思ってしまう。

 表題作は身につまされる。行動力のあるなしは人それぞれだし、知らない世界に飛び込む勇気は並大抵のものではない。そういった乗り越えなければいけない壁がある場合、いったいどれだけ自分がそれを克服できるのか?これも直面しなければ本当の能力を推し測ることのできない問題だ。結局、どんな問題が起こったとしてもすべては落ち着くものなのだが、その過程に意味があるんだよね。自分で気づくか、他人に気づかせてもらうのか。いやいや、いずれにしても身につまされる。

 というわけで、舞城くん、今回もいろいろ爪痕を残してくれました。ああ、本当にこれからもずっと彼の本は読んでいくよ。舞城くん、素敵な小説をどうもありがとう。