あの米澤穂信がこんなにいろんな国の小説を読んでいる人だったということに驚いた。だいたいミステリ作家といえば、英米のミステリ作品に傾倒しているのが相場というものだろう。しかし本書に収録されている15編のうち、純粋にミステリとよべる作品は2作品だけなのだ。収録作は以下のとおり。
「源氏の君の最後の恋」マルグリット・ユルスナール(フランス)
「破滅の種子」ジェラルド・カーシュ(イギリス)
「ロンジュモーの囚人たち」レオン・ブロワ(フランス)
「シャングリラ」張系国(台湾)
「東洋趣味」ヘレン・マクロイ(アメリカ)
「昔の借りを返す話」シュテファン・ツヴァイク(オーストリア)
「バイオリンの声の少女」ジュール・シュペルヴィエル(ウルグアイ)
「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」キャロル・エムシュウィラー(アメリカ)
「連瑣」蒲松齢(中国)
「トーランド家の長老」ヒュー・ウォルポール(イギリス)
「石の葬式」パノス・カルネジス(ギリシャ)
「墓を愛した少年」フィッツ=ジェイムズ・オブライエン(アイルランド)
「黄泉から」久生十蘭(日本)
ほんとバラエティに富んでいるではないか。この中で個人的に一番おもしろかったのは「石の葬式」だった。突飛なイントロからまるで予想もつかない物語が紡がれてゆく。ギリシャなんて、まったく馴染みのない国だからすべてが新鮮で、マジックリアリズムそのままの世界にすんなりとはいってゆける。とにかくこれは誰が読んでもおもしろいし、驚くことだろう。他の作品ではツヴァイクの「昔の借りを返す話」が変化球でなんともしっくりこない。そこがいいんだけどね。「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」は、ちょっといままでにない世界で驚いた。この世界を正統化しようと読みながら常に頭の中で補正するのだが、そのたびに不気味な感触に凍りついてしまった。「トーランド家の長老」は無知が事の次第を有利にすすめてゆく妙味を堪能できる。小さな空間でくつがえされるそこでの理。
どちらに感情移入するかで物語の受けとり方はガラッと変わってしまう。ちなみにぼくは穂信くんとは逆だったみたい。「十五人の殺人者たち」は、結末まで読んで大いに溜飲の下がるミステリ。真相も然りだが、話の落ちどころがいいではないか。十蘭の「黄泉から」は、見事というしかない逸品。こんなカッコイイ短編久しぶりに読んだ。ラストの場面がもたらす鮮やかな印象は忘れようにも忘れられないだろう。
というわけで、なかなか楽しめた。穂信くんの本は、あの古典部シリーズの最初の二冊を読んだっきりなのだが、また読んでみよう。「折れた竜骨」か「満願」あたりがいいかな。