読書の愉楽

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長沢樹「消失グラデーション」

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 久しぶりにミステリを読んでいて完全にひっくり返されてしまった。はっきりいってこの衝撃は「十角館の殺人」以来だった。本書の323ページのある一行まできたとき、それまで活発に活動していたぼくの思考は完全にフリーズしてしまった。ほんと、真っ白になった。それからまた前のページに戻って様々な場面、記憶に残っているあらゆるシーンを読み返すことになった。

 

 本書はそういうミステリなのである。しかもそれは本書で描かれる一つの事件の真相ではなく、それとは別の衝撃なのだ。う~ん、なんとも凄いミステリですぞ、これは。

 

 ここで描かれるミステリはとある高校で起きた女生徒消失事件。現場の状況はいってみれば完全な密室状態。その環境から一人の人間が忽然と消えてしまう。正直、この部分の真相についてはさほど驚きはなかった。とてもよく考えられてあるとは思うし破綻もない。だからミステリロジックとしては完璧なのだが、その途中に明かされるある事実の衝撃が強くて、それどころではなくなってしまうのだ。だが、その衝撃が去ってから冷静になって考えてみると、この状況はありえないなと思うのも事実。それでも、そんなありえない状況ゆえに成立する世界であっても、やはりぼくはこの衝撃に脱帽する。

 

 本書は昨年の横溝正史ミステリ大賞を受賞した。選考委員の綾辻行人北村薫馳星周の三氏が最大の賛辞を送り、その年の年末のミステリランキングでも上位にくいこんだ。それもなるほどと思わせる出来である。本書の真相を知ってからもう一度最初から読み返してみると、作者がいかに周到に薄氷を踏むような書き方をしていたのかがわかってまた驚くことになる。この感覚はカーの「皇帝のかぎ煙草入れ」を読了した時のそれと同じものだ。まさにつなわたり。よくぞ渡りきった!と拍手したいくらいだ。

 

 よく言われる言い回しだが、本書は真相を知ってからもう一度読み返すと、反転した世界を楽しめてしまうという二度おいしいミステリ。

 

 未読の方はどうぞ眉に唾つけてお読みください。