これは、なかなか楽しめた。なんといっても鉱山都市を舞台にしているところからして、いろいろと胡散臭い。まして、時代は昭和二十年代である。いってみれば、なんでもありなのだ。そういう観点でみると本書はファンタジーとしてのおもしろさも兼ね備えているといえる。
第17回鮎川哲也賞受賞作ということで、巻末には三人の選考委員(笠井潔、島田荘司、山田正紀)の選評が載っているのだが、みんな口を揃えて今後の活躍を期待しての受賞だといっている。それが何を意味するのかといえば、本書は正統派のパズラーとしては評価されていないということなのだ。
ん?、じゃあ、本書はミステリとして欠陥品なの?と未読の方は思われるかもしれない。
いやいやみなさん、まだ席は立たないでいただきたい。どうかそのまま、もう少しおつきあい願いたい。
それではこれから本書のなんとも形容しがたい魅力について語ってみたいと思う。
確かに本書のメイントリックである密室からの人間消失の真相には開いた口がふさがらなかった。まさかこんなことになっているとは夢にも思わない。道徳的にも如何なものかと思われる。これは読んで確かめていただくしかないが、ぼくは大いに胸が悪くなった。このトリックを現実に行えるかといえば、素人のぼくでも無理なんじゃないだろうかと思ってしまうのだが、ビジュアルとしてのインパクトの強烈さゆえそんな瑕疵は吹き飛んでしまった。言い換えれば、それほど衝撃的だったということだ。ゆえに、それだけでも評価されるべき資質を本書は備えているといえるだろう。
まだある。
本書には二人の探偵が登場するのだが、これが意外と前例があるようでいて、かなり独創的なキャラクターとして描かれている。特に義手を自在に操る学生服の真野原玄志郎については一言いっておきたい。この探偵は登場シーンからして、なんとも人をくっている。それが嫌味なくめっぽう楽しいところに留意したい。この人物はこのハイテンションのままラストまで突っ走っていくのだが、その奇矯さがあまりにも非現実的なのに、それが様似になっているのである。陰惨な事件の中にあって、この探偵のキャラが醸し出す独特の雰囲気が巧みにユーモアを引き出し、物語全体に明るいイメージを与えている点は評価に値する。ただ、ラストの真相解明の場面においてこの探偵がとる言動については、いささか眉をひそめざるを得なかった。この部分では、少し嫌な思いをした。これは、本書の唯一のマイナス要素である。
とまあ、こんな感じで本書は本格ミステリとしては正統な評価を得られない作品だとは思うのだが、トリックの独創性は群を抜いているし、昭和初期の海野十三のミステリのような奔放なおもしろさに溢れている点で大いに評価できる作品だと思うのである。ラストでは、このシリーズがまだまだ続くと予見される記述もあるし、これから作者がどんな世界を構築していくのかとても楽しみなところでもある。
いやあ、それにしても226ページの真野原のセリフ「もちろん、犯人をぶっ殺しに行くのですよ」にはシビれたなぁ。