読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

白井智之「人間の顔は食べづらい」

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 かなり猟奇的なタイトルだ。だって、そんなの食べないもの。本書の中でも人間の顔は食べていないのだが、人間の肉は食べている。そうなると、これはかなり猟奇色の濃い血みどろでグロ描写満載のトンデモない本なのではないかと身構えてしまうが、読んでみるとそんなことはない。
 

 設定はかなり奇抜だ。新型のウィルスが蔓延し、人類はこの食物連鎖を通じて多様な動物に感染するウィルスを恐れ肉食を絶ってしまった。しかし、そこに遺伝子工学の第一人者である冨士山博巳が現れ、食用のヒトクローンを大量生産するという政策をかかげ、厚労大臣にまで就任し、プラナリアセンターという人肉加工施設をたちあげるのである。よって、ここに人肉を食す世界が現出する。


 本書はそんな奇妙な世界で起こる論理ガチガチのミステリなのである。実際、ここで展開されるミステリの結構は本格ミステリのそれである。事実が語られ、その現象がなぜ起こったのか?またそこに至る動機な何なのか?はたまたなぜそういう結果に至ったのか?それらが理路整然と証明されてゆく。驚くことに本書の解決は多重だ。いくつもの仮説が語られいかにもそれが正解かのように印象づけられるが、それが次には覆される。まるでバークリーのミステリのようだ。


 また、読者は早い段階から記述の違和感にとらわれる。本書の語りは騙りだ。騙されているとわかりながらも真相には近づけない。勘のいい人はわかるかな?題材が題材だしね。


 しかし、瑕疵もある。ところどころ疑問は残るし、人間の肉の提供の仕方も普通そんなことしないでしょ?って感じなのだが、それらは瑣末なことでしかない。本書のミステリとしての結構自体はかなりしっかりしている。そう、有栖川有栖がいうようになかなかトリッキーな作品なのだ。


 だから猟奇的タイトルで敬遠されている本格ミステリファンの方は是非とも本書を読まれたい。なかなかおもしろいですよ。