読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

『ハラゲメシ』

 『ハラゲメシ』を食いに行こうと友人に誘われて、レンタカーを借りて一緒に出かけることになった。しかし、いったい『ハラゲメシ』って何なのかがわからない。友人に聞いても、まあいいからと言ってまともに取り合ってくれない。しかたなくぼくは友人の運転する車に乗って冬の国道へと繰り出した。

 道はなだらかで、天気もいい。快適なドライブだ。それにしても気になる。『ハラゲメシ』ってどんな食い物なんだろう?自慢げに誘ってきたことを思うと、さぞかし旨い食い物なんだろう。

 ぼくの思惑をよそに、友人は鼻歌なんか歌ってご機嫌である。その雰囲気に感化されてぼくもなんだかウキウキしてきた。だが、いきなり空が暗くなる。どうやらひと雨きそうな気配だ。車は高速道路を快適にとばしている。やがて終点に近づき、ぼくたちを乗せた車は海に近い田舎町へと進んでいく。どうやら北の地方らしく、そこかしこに雪が積もっている。田舎独特の牧歌的な雰囲気に癒される。しかし、さっきから何かが気になっている。どうも普通じゃない。何がおかしいのかピンときてないのだが、どうも違和感がある。いったい何に引っ掛かってるんだろう?普段と様子が違うのに、それが何なのかがわからない。友人を見ると、さっきまで上機嫌だったのに今は眉毛がハの字になっている。どうした?と訊くとなんでもないと言う。そんなことないだろう、鼻歌も止まったし、その表情がすべてを語っているじゃないかと言うと、実はさっきから少し気になっていることがあるという。おれも何かが引っ掛かってるんだけど、それが何なのかがわからないんだと告白すると、友人はチラッとこちらを見て、お前も気になってたのかと言う。何がおかしいのか言ってやろうかと前置きしてから友人はこう言った。

 「人がいないんだよ」

 そうだ!さっきから気になっていたのはそれだ!この地方にきてからまったく人を見てないのだ。牧歌的な風景なのに、人はおろか生き物がまったく見当たらない。すずめ一羽飛んでない。これはいったいどうしたことなんだ?そう気づいた途端、風景から精彩が欠けてモノクロの世界になってしまった。

 なあ、おれたちいったいどこへ向かってるんだ?と友人に訊くと、そりゃあお前、ハタケメシ食いに行こうとしてるんじゃないかと当然のように言う。ハタケメシ?え?ハラゲメシじゃないの?

 違うよ、バカだなお前、おれはずっとハタケメシって言ってたじゃん。さもおかしそうに笑う友人。

 なんだー、じゃあ、畑でメシ食うの?と訊くと、そうだと頷く。

 なんだ、そうなのかー、おれハラゲメシって聞いてたから、いったいどんな物食うんだろうって、ちょっとビクビクしてたんだよ。でも、畑でメシ食うって、変じゃね?

 そう言うと友人は口元をニヤリと歪ませて

 「でも、人がいないから・・・・・・になるぜ」と言った。

 え?聞き取れないよ、いまなんっつった?

 しかし、友人の返事はなく、車は降り出した雨の中を時速80キロで何かに何度もぶつかりながらすっ飛ばしていった。