読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

『啓示』

 お互いの箸で大きめの肉団子を食べさせあっている双子のそばを通って、緑色に透きとおった橋を渡ると、犬ふぐりという町だった。

 おれは町のはずれに立って、陽のあたる大きなメインストリートを眺めやった。そこには雑多な店々が並んでおり、奇妙な匂いもあいまって異国的な不調をもよおす雰囲気がただよっていた。首すじをポリポリ掻いて爪をみた。真っ黒な垢がたまっていた。もう五日も風呂に入っていない。自分の匂いが雨に濡れた犬のような匂いなのはよくわかっている。しかしそれにも慣れてしまった。以前は毎日風呂に入らないとベッドに入らなかったくらいなのに。おれはフラフラと歩いていって『どん底』という酒場に入った。

 店の中には四人の先客がいて、それぞれがいかにも飲みなれているといった感じのそれぞれの好みの飲み物を啜っていた。カウンターに座ると、主人がジロッとおれを見て言った。

 にいちゃん、なにするね。店の主人は片目のない金髪男だった。風呂からあがったばっかりのように頭とむき出しの二の腕からおびただしい湯気が立ちのぼっていた。笑顔はいいのだけれど、その口が耳元まで裂けているのは気にくわなかった。

 あわ、くれ。卵いれてな。おれはいっぱしの通ぶった口調でスタウトを頼んだ。ちょうど隣り合わせた先客の一人が口を開く。

 にいちゃん、死んだカブトみたいな臭いしてるぜ。風呂入ってねえのかよ。

 おれはそいつをジッと見つめてやった。何も言わずに。それが一分も過ぎたころにようやくそいつは目を逸らした。もう何も言わない。

 おれはドン、と置かれた黒々としたスタウトの1パイントをつかむと、グビグビとそれを飲みほした。そのとき、また一人客が入ってきた。

 女だ。それもとびきりの美人。女はスタスタとおれの横にやってくると、ふんと鼻を鳴らして座った。

 あなたニコチン中毒のおっさんの口の中みたいな臭いしてんのね。

 初対面なのに、すごいこと言う女だなと驚いた。そう思った途端、この女はおれのことが好きになるに違いないという強迫観念にも似た根拠のない確信にとらわれた。

 おれは背中の毛を一斉にそばだてて口の中に溜めれるだけのツバを溜めた。

 女は目を細めうすく開けた口から細く長く息をはいた。一瞬で空気が冷たくなる。また戸を開けて客が入ってくる。あの双子だ。肉団子はもう食べ終わったみたいだ。双子のかたわれが口をひらく。

 問う。やり場のない怒りを。口は閉ざせ。明日を待つな。お前は悪くない。行く道をさえぎるな。お前たちは悪くない。危険をかえりみるな。目をひらけ。やがて理解はおとずれる。神の目はくもらない。殺すな。あともどりはできない。夢のみちびきを信じろ。


 おれは絶句し首を垂れた。目が見えなくなっていた。