読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

薬丸岳「天使のナイフ」

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 なかなか読み応えがあった。なぜだか自分でもよくわからないのだが、もともと江戸川乱歩賞は少し嘗めていて、読むに値する本が少ないように感じてたのだが、これは良かった。

 何が良いといって、ここでは犯罪を描くだけではなくてそれに巻き込まれた人々の苦悩と葛藤をこれでもかというくらい描いているから良いのだ。

 愛する妻を生後五ヶ月の娘の目の前で殺されるという悲劇が起きるが、犯人が捕まってみればそれは十三歳の中学生三人。少年法により手厚く守られた彼らの動向は被害者の夫である桧山にまったく知らされることはなかった。いったい彼らは本当に罪を悔いて更生の道を歩んでいるのか?残された遺族は、やり場のない怒りをいったい何処にぶつければいいのか?そして四年の月日がたち、更生したと判断された三人は、一般の生活を送ることになる。だが、犯人だった少年が殺されるという事件が起こる。疑惑の目を向けられた桧山が奔走の先に見つけた答えとはいったいなんだったのか?

 はっきりいえば、この本には詰め込まれすぎの感もないではない。あまりにも多くの犯罪が繰り返され、それが相乗効果をよび現在に至るのだが、これほどの惨禍を人生のうちにこんなに何回もめぐり合う人はいないだろうと思ってしまうのである。

 だがそれでも本書はおもしろい。おもしろいといってしまえば不謹慎な気もするが、よどみなくグイグイ読ませる筆勢はかなりのものである。それはこの作者が自分のスタイルを確立しているからなのだろうと思う。落ち着いて、安心して読めるのである。そんな中で語られるミステリは、扱っているテーマがテーマだけにとても考えさせられるものとなっている。ここで語られる少年法は刑法第三十九条の心神喪失及び心神耗弱の項とならんで、よくミステリに取り上げられるのだが、はっきりいって、これに明確な回答を与えることは絶対に無理だと思うのである。加害者と被害者の関係は、やったらやり返すというような単純な構図で割り切れるものではないし、ましてその加害者が子どもだった場合、被害者側はいったいどう心の整理をつければいいのか、これは永遠に答えの出ない問題だと思う。贖罪と赦す心。このあまりにもかけ離れていて、普段の生活からは得られることない行為に直面させられたとき、いったい人はどういう行動をとるのか?またいったいどういう心の軌跡を描くのか?

 本書を読めば、その一端に触れることができる。あまりにも辛い話ではあるが、これはいつ我が身に起こるかもしれない現実なのだと心して読まねばならない。

 あと、ミステリとしての側面も語らねばならないだろう。ミス・リードの常套はさておき、二重に仕掛けられた真相には正直驚いた。ちょっとご都合主義的にも感じたが、これは我慢できる範囲だと思う。動機の面も無理のないもので、これだけの犯罪を成し得た背景としては申し分ないと思う。だが、最初にも書いたとおり、少し詰め込みすぎだとは思う。こういう犯罪の連鎖はあまり現実的でない。そこらへんが少し安易に感じたが、総合的にみてやはり本書は素晴らしいと思うのである。