読書の愉楽

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高橋克彦「緋い記憶」

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 本書に収録されている「遠い記憶」を以前アンソロジーで読んで、とても感心した。なんといっても、ラスト一行の戦慄は何度読んでも肌が粟立つおもいがする。ここに登場する中年の作家は、仕事で盛岡に行くことになる。彼は東京で母と暮らす身なのだが、幼い頃に盛岡に住んでいたことがあるのだ。三十年ぶりに訪れる地で、嘗て世話になった人たちに挨拶でもしようかという息子に母は素っ気無い態度をとる。

 盛岡での取材旅行はつつがなく進行する。彼は旅の途中で、少しづつ過去の記憶を取り戻してゆく。見たことのある景色、洪水の思い出、聞いたことのある町名。そして、ついに彼はある人物と再会する。その人物に導かれて、彼は嘗て住んでいた場所を訪れる。そこで封印されていた記憶が解き放たれ、戦慄のラストへと一気に雪崩れ込むのだ。

 これは、本当に傑作だと思う。記憶をテーマにした作品として永遠に記憶に残る作品だと言ってもいい。

 本書には、他に6篇の物語が収録されている。すべて記憶の謎がテーマとなっている。やはり、すべてにおいて恐怖が描かれるのだが、「遠い記憶」以外で印象に残ったのは、真相があまりにもグロテスクなのに、せつなさも同調しているという稀有な印象の「膚の記憶」。輪廻転生に相姦をからめて壮絶な「ねじれた記憶」だろうか。他の作品もそれぞれ一工夫されていて、いかにこのテーマで作品を書くのが難しいかがわかって興味深い。よくまあこれだけ書けたものだと感心してしまう。だが、ぼくが知るかぎり記憶シリーズはあと二冊あったと思う。いったいどんな『記憶』の物語が読めるのか、いまから楽しみだ。

 あともう一点、本書を読んでいて気がついたのは、母と息子という関係だ。どうもここらへんは作者の生い立ちが反映されているようなのだが、母ひとり子ひとりという設定が目についた。ここでタイトルを挙げた三作はすべてその範疇に入る作品である。

 陸奥ともつれた記憶の綾、封印された過去に潜りこむ恐怖、本書は統一された世界観の中で満喫するミステリの醍醐味を味わいつくす短編集だといえるだろう。