ようやくこの大作を読了した。読み始めるまでが長かっただけで、読み出したら、あっという間だった。
久しぶりの貴志作品、世評も高くブログ仲間さんの評価も良かったので、おもしろいのは間違いないとわかっていたが、読み終えてみれば最初勝手に想像していた作品観とは微妙に違っていた。
日本SF大賞を受賞していたり、「SFが読みたい! 2009年版」の1位を獲得したりして、SF作品としての側面がかなり強調されていたので、そういった作品なのかと思ったのが一因でもあると思うが、そればかりではない。やはり貴志祐介が書いた本は貴志ブランドなのだ。わかりきったことだが、これを強く感じた。ぼくは彼のいい読者ではなく、初期のホラー作品はよく読んだのだが、その後に彼が挑戦したミステリ作品群はまったく手をつけていない。だから彼の正統なファンではないのかもしれないが、本書を読んで、初期のホラー作品に流れていたスピリットを感じてうれしく思った。やはり、彼にはこういう話が似合う。本書で描かれる下巻に突入してからのバケネズミとの戦いは特筆に値する。特に『悪鬼』が登場するくだりの総毛立つ恐怖は「クリムゾンの迷宮」や「黒い家」で感じられた恐怖と等価だった。
上下巻あわせて1070ページ強。圧倒的なボリュームを息もつかせぬ展開で一気に読ませる筆力はさすがだ。主人公が手記で過去を振り返るという体裁をとっているため、どんな苦難や危険がおよぼうとも、主人公が死ぬことはないとわかっているにも関わらず、次から次へと主人公を見舞う災厄にハラハラしどおしだったのも事実。作者の安定した筆運びは読む者に深い満足を与えてくれた。
だが、一言いっておきたいこともある。「新世界より」というタイトルや、いまから千年後の日本を描いてるというSF的な設定や、呪力という一種の超能力を使いこなす人類の登場や、新しい形態の生き物たちという全体像から紡ぎだされる物語としては、本書は非常にミニマムな世界に固執しているように感じた。いってみれば、本書で描かれるのは人類とバケネズミの攻防のみなのだ。それによって、理想郷として機能する世界が孕む危険性や、過去人類が辿ってきた血の歴史に対する強いアンチテーゼとしてのメッセージ性は強調されたのだが、壮大な物語がなぜかすごく矮小な世界で完結してしまったような物足りなさも感じた。主人公以外の登場人物についても扱いが少し雑な感じがしたし、結局最後に隠されていたある事実も、それほどのサプライズを感じなかった。
でも、まあ、総合的にはすごくおもしろかった。読んでよかったと思える作品だった。だがやはり貴志氏には本来の出発点であるホラーを書いて欲しいと強く願う次第である。それは本書を読んで更に願うこととなった。久しく忘れていた、貴志ホラーの戦慄をほんの束の間でも感じられた結果なのだろう。