読書の愉楽

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乾ルカ「プロメテウスの涙」

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乾ルカ氏の初長編である。これは多大な期待をよせて読んだのだが、読了した今、少々とまどっている。

なんとも奇妙な話であり、事の真相を知りたいという欲求のみに突き動かされてラストまで一気に読んだのだが、ちょっと肩透かしだったのだ。

まず登場するのが九歳の少女野村あや香。彼女は突然発狂したように発作状態に陥り、外国語のような奇妙な言語をしゃべり、手や指を激しく動かす動作を繰り返すのである。彼女の母親はいろんな病院を渡り歩き娘の症状を治そうと試みるが、どこの病院でも改善することなく幼馴染でもある北嶋涼子の精神科クリニックを訪れる。また、アメリカの地では涼子の友人である浅倉祐美が決して死ぬことのない死刑囚トーマスと出会う。死刑執行にも耐え抜き、自殺しても死に切れず全身を癌に犯され、生きながらウジにたかられて死臭をまき散らせているこの男は、いったい何者なのか?一見なんの繋がりもないこの二つの事例がやがて一つに結びつくのだが・・・。

これはやはりホラーの分野になるのかな?物語が進んでいく過程でかの「リング」と同じタイムリミットサスペンスにもなっていくし、登場人物たちが試行錯誤を経て、解決に導こうとして挫折する展開も同じだ。だが、いかんせんその真相があまりにも常識的な着地点で落ち着くので、少々不満に感じてしまう。

ここらへん、もう少しカタストロフィが感じられる盛り上がりがあったら、また印象も違ったのにと惜しい気がした。少しづつ鮮明になっていく事実関係は、この手の本を読みなれている者なら簡単に予想のつくものであり、まさかそのままでいくはずはないだろうと思っていると、その通りになってしまったので肩透かしだったのだ。

しかし真相部分以外はすこぶるおもしろく、どんどんページを繰らせる筆勢はたいしたものだ。こういう未知なる因縁を描いた作品には二段階のお楽しみがあって、まず事例を結びつける事柄が次々と判明していく段階を描いたパートと、その真相が浮上してすべてが終息する大団円のパートで大いに盛り上がるのである。それが最適な形で結晶しているのが先にも書いた「リング」であり、本書は第一のパートはなかなか健闘していたが、第二のパートで尻すぼみの結果となってしまったというわけなのだ。でも、この人はこれからも読んでいきたいと思っている。あの「夏光」のような衝撃をまた味わいたいのだ。

ところで、本書の表紙はグロテスクでかなりインパクトの強い表紙だと思っていたら、これアーティストである西尾康之氏の作品なのだそうだ。なんとも気持ちの悪いシロモノだが、このオブジェを直にこの眼で見てみたい気がしないでもない。良くも悪くも気になる作品である。