天井から落ちてきた顔は、大きな口の中でなにかをバリバリ噛み砕いていた。
夢ゆえ、決して驚かないぼくは平然とその様子を眺めていたが、なにを食べているのかが非常に気になっ
て訊ねてみた。すると大顔は、口をモゴモゴさせながら
「これは、コイティーヴというお菓子です」と言った。
コイティーヴ?はて?そんなお菓子は聞いたことも見たこともないぞ。
「貝が原料なので、非常に硬いです。でも、噛みしめると味が出てとてもおいしいです」
ほう。それならひとつ食べてみたいもんだ。しかし、貝が原料で硬いということは、貝殻を使っていると
しか考えられない。そんなものがおいしいとは、到底おもえないのだが。
「あなたにもひとつ差し上げましょうか?」
しかし、そこでぼくは考えた。未知のお菓子を提供していただくというのは、とても魅力的な申し出なの
だが、いったいそれがぼくの口に合うものなのかどうかということは保証のかぎりではない。ここで、安
易に相手の親切心に乗っかって未知なる菓子を手に入れ、万にひとつそれを食べることができなかった場
合とても失礼なことになってしまうのではないか?そんなことになてしまうと、相手は天井から落ちてく
る大顔という妖怪じみた奴だから、とんでもない怒り方をするかもしれない。もしかしたら、それは命に
関わる事態をまねく結果となるやもしれないではないか。天道是か非か。ええい、ままよ、ここは大見得
きって断るにしかずだ。
これだけのことを0.01秒で考えたぼくは、まだ口をモゴモゴさせている大顔にこう言った。
「あいや、待たれい。それがし、先刻急な腹痛にて厠にこもっておったばかり。お手前の申し出は、非常
にありがたいものではありますが、ここは断腸のおもいでお断り申す」
片腹押さえて、我ながら噴飯ものの演技だなとは思ったが、これが思いのほか効果があったようで、大顔
は大袈裟に眉をひそめて
「それはそれは、大変な目にあわれたようで、どうかご自愛ください」
そう言うと、また天井にかえっていった。
見事局面をクリアできた安堵に、ぼくはその場にへなへなと座り込んだ。
それにしてもコイティーヴなる菓子、いったいどんなお菓子なのだろう?