読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

「田舎のパン屋にこそ、おいしいパンがある」

何気なく、思いつきで書いてる最上段の一言メッセージ。深い意味はないのだが、でも嘘八百でもない。

以前は警句みたいなことを書いたこともあったが、最近はあまり気張らずありのままあったこと見たこと

思ったことなどを書いている。

そんな一言メッセージにしろねこさんが喰いつかれた(←喰いつくって^^)

また、それで記事をお書きになられたというのだから、こんなにうれしいことはない。

ここのブログのファンの方なら、もうご承知だとは思うが、しろねこさんの記事はここ→「美味しい話題」

で、しろねこさんに色々妄想を抱かせたこの一言メッセージの真相なのだが、話は十五年前に遡る。

そのころ通勤していた途上にあった一軒のパン屋。もちろん場所はさびれた田舎町だ。一応JRは通って

いるが、駅をおりても何にもない辺鄙な町。まわりは田んぼや畑ばっかりで、歩いてる人はみんな農作業

服を着ているようなところだった。そこの風前の灯火みたいな小さい商店街の中にそのパン屋はあった。

まだ結婚していなかったぼくは、そのパン屋で朝食用にパンを買おうと思い立った。これはいまでも変わ

らぬ習慣なのだが、ぼくは焼きたてパン屋をみると必ずそこでパンを買うことにしている。もちろんパン

が好きなのはいうまでもないが、新しく見つけたパン屋で出会う未知の味を常に追い求めているのであ

る。そうしていままでに味わったことのないような、おいしいパンに出会ったこともあるし、あまりの新

味のなさに落胆したこともある。でも、この習慣はいまでも変わらない。

で、ぼくはその田舎のパン屋に入った。そして入った途端に確信した。このパン屋は本物だ。絶対どのパ

ンを食べても満足するに違いない。

どうして、そんなことがわかるのかというと、それは匂いで判断するのである。パン屋独特の芳ばしい香

りは、大抵どの店でも感じられるものなのだが、本当においしいパン屋の匂いには、そこに清冽さと一種

独特の酸味のある香りが加わる。

ぼくは、舌なめずりしてパンが陳列してある棚を見てまわった。定番のクロワッサンはきつね色にこんが

り焼けて、中心に向けてこんもり膨らんだ理想形。おそらく一口齧ると濃厚なバターの香りが口の中に広

がり、外のパリパリと中のしっとりした食感が絶妙なシンフォニーを奏でることだろう。クリームパン

は、甘すぎないカスタードがとろりと舌に溢れ出す重量感があり、クルミパンは破砕されたクルミの断片

がそこかしこに顔をのぞかせているところからして、かなりの量が入っていると思われる。惣菜パンに目

を向ければ、ハムサンドウィッチに挟んであるチーズはどちらかといえば、白っぽい色をしているから、

これはクリーミィなフレッシュチーズではないか、それになんとスライスしたタマネギがのぞいているで

はないか!

ぼくは興奮した。朝っぱらから凄いテンションになった。そして見つけたのが運命の出会いとなった、ゴ

ボウサラダパンなのである。パリッとしたデニッシュの四角い生地の間にゴマを振りかけたゴボウサラダ

がどっさりと挟んである。その日、ぼくはハムサンドウィッチとゴボウサラダパンを買って食べた。

そして久しぶりにパン屋のパンで感動したのである。この習慣を続けていて本当に良かったと、涙があふ

れる思いだったのはいうまでもない。そして,その日からぼくは毎朝そのパン屋で朝食を買うのを、無上

の楽しみとしたのである。だが、通いはじめて三日目あのゴボウサラダパンがなかった。四日目も同じ

く。五日目とうとうシビレを切らしたぼくは、おじさんに尋ねてみたのである。

「あのう、前にはあったゴボウサラダパン、もう作ってないんでしょうか?」

「いえ、作ってますよ。でも作るのが昼からだから、残ったら次の日の朝にもあるんだけど、売り切れち

ゃうこともあるんで」

「そうなんですか」

「お好きですか、ゴボウサラダパン」

「はい、あれ、すごく好きです。毎朝、それを食べるのが楽しみなんです」

そう聞くとおじさんはニッコリ笑って、うれしそうだった。反対にぼくは落胆していたのだが。

しかし次の日、店に行くとゴボウサラダパンがあったのである。しかも昨日の売れ残りではなく、その日

の朝に焼いた出来たてのホカホカで。

「これ、今朝焼かれたんですか?」

「はい」

短い返事のあと、おじさんはニッコリ微笑んだ。

ぼくは、満身の思いをこめておじさんにありがとうと言い、感動しながら店を出た。

その日を境に、そのパン屋には毎朝出来たてのゴボウサラダパンが並ぶことになる。

だが、そうしてよくしてもらったパン屋も通勤のルートから外れてしまえば、なかなか寄ることもできな

い。ぼくは、長い間そのパン屋には行けず仕舞だった。

しかし先週、たまたまそこを通りかかる用事ができたので、ぼくは久しぶりにそのパン屋に行くことがで

きたのだ。残念なことにあのゴボウサラダパンはなかったのだが、かわりに『幻のクリームパン」なるも

のがあったので食べてみたら、これが素晴らしかった。

バニラビーンズが入ったクリームは、カスタードではなく生クリームが少し入ってるような滑らかで濃

厚な味わいで、フレッシュかつクリーム本来の旨みが味わえる逸品だった。

おじさんは、だいぶ歳をとっていたが健在で、ゴボウサラダパンはもう作ってないんですか?ときいたら

いえ、まだ作ってますよとニッコリ微笑んでいた。ぼくのこと憶えてくれてたのかな?

というわけで、しろねこさん、一言メッセージに書いた言葉にはこんな意味があったんです。

長々とすいませんでした。