読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

墓堀

 こんな夢をみた。

 土の匂いのする若い男がやってきて、道路に穴を掘ってくれという。ぼくはそんな理不尽な要求を、すんなり受け入れて、一生懸命穴を掘る。知らない間に右腕がつるはし兼スコップになっていて、それが結構使い勝手がいいので、見る間に大きな穴が掘れてゆく。自分の腰くらいまで掘り下げたぼくは、男の分厚い唇を見ながら、もうこんなものでいいんじゃなかと問いかける。そういうやりとりの間に20トン級の大きなトラックがぼくたちのすぐ側を時速100キロほどで通り抜けてゆく。すごい轟音と風圧だ。男は細い目をさらに眇めながら、まだまだと答える。いったいどれだけ掘ればいいんだ?と重ねて訊ねると、お前の頭のてっぺんがすっかり埋没するくらいだと答える。ここでようやくぼくはこの穴の用途が気になりだす。しかし、この時点でぼくはあらかたその目的に思い至っている。そして、それを口にするのが本能的に危険なことだと察知している。いまはまだこの男とぼくの間で、そのことに関して共通した認識はない。だが口にした瞬間それが確固たる共通認識となり、逃れられない宿命に固定されるとぼくにはわかっているのだ。

 ぼくは様子を窺った。これは、ぼくの墓だ。間違いない。掘りあがってしまうまえに、なんとかしなければ。いまはまだ男の想念とぼくの懸念は合致していない。だから物事が実体化するという確証はない。

 はやくこの場から逃げなくては。

 気ばかり焦るので、ぼくは何度も右手のつるはしで自分の足を串刺しにした。男はそんな様子をニヤけた顔で見ている。こいつ、なんか目の細いジミ・ヘンドリックスみたいな顔だなと思った。やがて、その日の終わりが近づいてきた。すこしもったいぶった様子で『終わり』はこちらにやってくる。ぼくはお腹がすいて倒れそうだったのではやく塩漬けの豚肉と豆のスープにひたしたパンを食べたいと思っていた。

 しかし、『終わり』は、ぼくたちのところにはやってこないで、手前でくるっと向きをかえてしまう。

 そのときのぼくの落胆は、この世の終わりかと思うほどのものだった。ぼくは、みるみる痩せ細っていった。どんどん腕の肉がなくなり、腹が背中にくっつくほどへこんでいった。これじゃまるで、あのジプシーに呪いをかけられた「痩せゆく男」みたいだなと冷静に考える。

 物事の進行がよくテレビでみるような早回しのようになる。またたく間に種から芽が出て茎が伸び、蕾が膨らんで花になる。それをぼくは暗い部屋で湿った匂いのするソファに埋没しながら眺めている。テレビの画面には大きな花が枯れて、やがて種になる様子が映しだされている。頭の片隅で墓掘りをしている自分のイメージが呼び起こされる。そして分厚い唇と細い目。辛い過去は悠久の歴史の中に浸透して、人はそれを改竄しながら生きてゆく。ぼくも、そうなのだなと感じながら深く深くソファに沈み込んでいった。