読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ケネス・モリス「ダフォディルの花」

 

ダフォディルの花:ケネス・モリス幻想小説集

ダフォディルの花:ケネス・モリス幻想小説集

 

 

 金色の光、峻険な山々、湧き出る泉、やさしく微笑む乙女の瞳、馥郁たる緑の芳香。時の重みを感じて流す涙。折りたたんだ心の襞は幾重にも重なりゆがんだ光輪をにじませてゆく。黄昏の神々は太く力強い咆哮で時を告げ、ニムロデの命じた人類の挑戦を打ち砕く。世界の果てには青白き炎が、奥深き海の底の底には蠢く影が、翼あるものが辿りつく空の果てには、この世を包み込む巨大な手の一部が見える。泣き叫ぶな。それは、ここへは来ない。おまえの小さな頭は守られた。三人の賢者の供物を受けとり祝福の杯をあげよ。

 さて、本書は膨大なデータを含有した物語の博覧会ともいうべき本で、一人の人間の想像力だけで成立したものではないと思し召せ。ここでは人類の叡智ともいうべき歴史の中での伝承、伝説、神話がくり返される。それは、未だ経験のない読書となる。まして、ぼくは日本人だからこんなに広範囲の説話伝承を自分のものにしていない。日本人だからというのも変か。ぼくは、だね。ぼくは不勉強だからこんなに精通していない。だから、衝撃もなかなかのものなのだ。

 と思いながら読んでいると、ふいに音楽の話なんかが出てくる。ほうー、そういうアプローチもなさるのね。なるほどなるほど、どれだけ懐の広いお方なんでしょう。と、作者に興味がわいてくる。ル・グウィンが名文家と認めたなんてことを聞いてもさほど心動かされないけど、自分で接してよくわかる。訳文という制約があっても素晴らしい文章だと感じるのだ。ここにあるのは、天外の詩情だ。だから描かれる場面は常に光輝いている印象なのだ。

 そこで冒頭の文章に戻るのである。あの部分は、ぼくが本書を読んで心に浮かんだ文章。わかるわからないはどうでもいい。あれがぼくの本書の感想なのであります。