十七世紀初頭のオランダで、愛好家や栽培業者のあいだで取引されていたチューリップが異常な社会現象
を引き起こし市民をも巻き込んで、投機の対象となった事実を。珍しい球根一個が邸宅一件分にも相当す
ることがあったなんて信じられるだろうか?このチューリップ・フィーバーのおかげで一夜にして大金持
ちになった者もいれば、失意のどん底に落とされて運河に身を投げる者も後を絶たなかったなんて。
本書は、その当時の様子をまるで映画を観るように活写している。各章はそれぞれ登場人物の名を冠して
あり、その人物の視点で語られてゆく。また、その章の短いこと。最初は少し物足りない気がするが、慣
れてくるとこれがなんともテンポよく物語を進めてくれるのである。
主要な登場人物は四人。貿易を生業とし、裕福で尊大な初老の男コルネリス。その妻であり、貧苦にあえ
ぐ家族のため若い身空でこの男に嫁いだ美しいソフィア。二人の肖像画製作の依頼を受けた情熱的なヤ
ン。農民の出ゆえ、ほがらかで屈託なく自分の欲望に忠実な女中のマリア。
この四人を取り巻いて、物語は運命の一夜にむけて盛り上がってゆく。読んでいる間は、内容がなんとな
く俗世的で、登場人物達も少し欲望にはしりすぎかなという気がしたが、時代が時代だし、当時はこうい
う行動が普通だったのかなと思えてくるから不思議なものだ。
そして特筆すべきは挿入されている当時の画家達のなんとも意味ありげな十六点ものカラー絵である。フ
ェルメール「女と召使」や「窓辺で手紙を読む女」などは本書に出てくる場面そのままだし(フェルメー
ルといえばブルーが有名だが、この「窓辺で手紙を読む女」の幻想的で鮮烈なグリーンの素晴らしさは
どうだろう!)ホーホ「リネン箪笥で」に描かれた奇妙なズレや、レンブラントの傑作「ダナエ」の黄
金に満ちた配色の美しさ、ニコラス・マースの諧謔あふれる女中物、それぞれ素材の違う物をテーブルに
配し光をあて、見事に封じ込めているステーンフェイク「ヴァニタス」等々、どれもこれもほんとに素敵
なのだ。これだけでも本書を手元に置いておきたいと思ってしまうくらいである。
というわけで、十九世紀のオランダという未知の世界を舞台にしたこの本、挿入されている絵の魅力も相
まって非常にお買い得の本だと思う次第である。かく言うぼくも手元に置いて、いつでも愛でることがで
きるようにしております。