多島斗志之は以前に「症例A」を読んで、なんという終わり方をする本なんだ!と驚いたことがあった。
もちろんそれは良い意味での驚きではなく、肩透かしという意味合いでである。ラストまでは、なかなか良かったのに、最後の最後であんな終わり方するとは思わなかった。世には傑作といわれている作品なのにぼくが評価できないのもそのせいである。
そんな多島作品の旧作が創元文庫からぞくぞく刊行されている。本書はその第四弾である。はっきりいって、あまり食指の動かされるタイトルでもないし、内容紹介をみてもそれほどおもしろそうな作品にも思えない。
舞台は1920年代のシンガポール。日本では大正の時代だ。この頃のシンガポールはまだ英国領で、いまよりももっと混沌として野蛮なところだった。そこで華僑のボスの娘白蘭が殺される。第一の容疑者として手配されたのが現場にいるのを目撃された日本人青年の林田だった。彼は自分の身の潔白を証明するため警察と華僑ファミリーの執拗な追跡をかわしつつ事件の真相を追ってゆく。
しかし、これが読み出すとやめられないおもしろさだった。現在のパートと林田がシンガポールに乗り込んできて、顔役としてのし上っていくさまを描いた回顧のパートが交互に配され、事件の背後にある相関関係が無理なくこちらに提示されていく。白蘭を殺したのは誰か?またどうして白蘭は殺されたのか?
ミステリ的な興趣もさることながら、回顧パートの林田が次第に英国領シンガポールで顔役として成功していく過程がさらに読ませる。当時としては国際社会の桧舞台ともいえる海峡植民地で、名も知れぬ日本人が自分の思惑外のレールに乗って華僑ひいては英国人にまで名を知られるようになるのである。いってみればビッグ・サクセスの物語だ。だが、ここにも伏線は潜んでいる。ラストで明かされる事件の真相は大きなカラクリだ。そうか、そういう仕組みになっていたのかと溜飲が下がった。だから本書はミステリとしても読み応え充分なのである。オビに書かれている『どんでん返しが続く驚愕の展開』っていうのは過大広告だと思うけどね。
ひとつ難を言うならば、やはり少しラストに不満が残る。この人は、こういう引き際を好むものなのか。
どうしても尻すぼみの感がぬぐえない。本書の唯一の不満である。
だが、総じて本書はおもしろかった。もっとこの人の作品を読みたいと思った。読んでよかった。